「それぞれの」 07 —メル、クラリス、クレーメンス—
——カン、カン、カン、カン…………
「みんなー! 朝だよー! 起きる時間だよー!」
フライパンを棒で叩きながら、野営地を駆け回るメルコレディ。
ここは避難先であるゼンゼリア国領のとある場所。ブリクセン国の住民の避難の護衛を任されているメルコレディは、今日も元気に声を上げていた。
ゼンゼリア国は小国ながら、ブリクセン国からの避難民を受け入れていた。『大厄災』の影響が及ぶ地域の住民を、こうして受け入れ可能な各地の街へと移送している最中なのだ。
その様子を腕を組みながら無表情で見つめる『魔剣使い』クレーメンス。その彼の背後から、寝ぼけまなこでテントから這い出てきた『歌姫』クラリスが声をかける。
「……ふぅあふ……おはようございます『魔剣使い』さん。もう起きてたんですね……」
「おはよう、クラリス。俺は早朝の見張り担当だったからな」
「……そうでしたっけ。まあ、どっちでもいいですけど……ふぅ……」
髪を束ね、伸びをするクラリス。そんな彼女に視線を向けることなく、クレーメンスは口を開いた。
「しかし、助かっているぞクラリス。お前の歌う『白い燕の叙事詩』、そのおかげで人々は笑顔でいられるのだからな」
「え、急に気持ち悪い。あと『お前』って呼ばないでください。まあそりゃ私、吟遊詩人ですから。私の歌を聴いて笑顔にならないの、あなたくらいですよ!」
口は悪いながらも、満更ではなさそうな様子のクラリスはコロコロと笑う。クレーメンスは目を細めながら彼女の方をチラリと見て、軽く息を吐いた。
「……なあ、クラリス。おま……あなたも戦いに参加するのか?」
「『あなた』とか呼ばないでください、気持ち悪い。ええ、そりゃもちろん! 私がいなくては伝説を語れませんから!」
「……クラリス、考え直さないか? もし君が死んでしまったら、そもそもその伝説とやらを語り継げないだろう?」
「……『君』、かあ……うん、及第点。それを言うなら『魔剣使い』さんだって、戦う気満々なんですよね?」
クラリスは彼の前に回り、その瞳を覗き込む。クレーメンスは真っ直ぐにクラリスの瞳を見つめ返して、はっきりと答えた。
「無論だ。今度の戦いは『属性』のぶつかり合いだ。俺の得意とする分野、参加しないわけにはいかないだろう」
「ほら。なら、私がいなくてどうするんです! 置いて行かれても付いていきますからね!」
「俺のためにか?」
「冗談はその無表情だけにしてください。もちろん!『白い燕』さんのためですよー!」
ベーっと舌を出して、クラリスはおどけてみせる。『歌姫』クラリス。クレーメンスの『魔剣』の性能を十二分に引き出すことも可能な彼女の『歌』。クレーメンスはわずかに頬を緩め、遠くを見た。
「……頼りにしているぞ、クラリス」
「……えっ。もしかしてあなた、今、笑いました……?」
「俺はいつも笑っているつもりだが」
「どの口が……まあ、無事に生き残ったら、あなたを歌ってあげてもいいですよ」
「俺の歌か?」
「まさか。『白い燕の叙事詩』の十番ですよ、十番。恐らく大長編になりますからね、その末席にあなたを入れてあげてもいいって話です!」
「……フッ、それは楽しみだな」
「……また、笑っ……た?」
軽くよろめくクラリス。そんな会話を交わし合う二人の元に、野営地を一周してきたメルコレディがやってきた。
「おはよー、クラリスちゃんにクレーメンスちゃん!」
「おはようございます、メルさん。今日も一段と元気ですね!」
「えへへ。だってわたしも、『冒険者』だもん!」
そう言ってメルコレディは、懐から自慢げにギルドカードを取り出した。ここ、ブリクセンからゼンゼリア方面への避難がスムーズに進んでいるのは、ひとえに彼女の力のおかげだ。
この避難計画において、彼女たち『厄災』の力は人々のための大きな力になっていた——。
メルコレディはギルドカードを大事そうにしまい、二人に向き直った。
「それで、二人は何を話してたの? 恋バナ?」
「メルさん、それだけは絶対にないです」
「ああ、例の戦いについて、だ」
その言葉を聞いたメルコレディは、真面目な顔つきになる。そして、二人の顔をまじまじと見つめた。
「……もしかしてクラリスちゃんもクレーメンスちゃんも……戦うのかな?」
「ええ。メルさん、あなたも戦うのでしょう?」
「もちろんだよ。リナちゃんも戦うし、それに、リョウカちゃんのためにも……」
メルコレディは思い出す。あの日語られた、『赤い世界』の行く末を。みんなが生きているこの世界を、失わせるわけにはいかない。そう。リョウカがそう願っていたように。
クレーメンスは身をかがめ、メルコレディを見つめた。
「なら、俺たちも同じだ。俺も俺が望む平和のために戦うよ。この魔剣に誓ってな」
「私も言うまでもありません! 最後の大舞台、私がいなくてどうするんです!」
「……うん。うん、ありがと! 二人がいれば、絶対に勝てるよ。マルティが言ってたもん。三つ星冒険者はホントにすごいんだって!——」
メルコレディは遠くの地で頑張っているであろうマルテディに語りかけた。
(……マルティ。わたし、ちゃんと冒険者としてみんなの役に立ってるよ! だからマルティも頑張ってね!)
朝日に照らされながら三人の冒険者は、しばらくの平穏な時間を過ごすのであった——。




