「それぞれの」 05 —カルデネ、アルフレード—
「妖精王様、おいでですか。レザリアです。『月の集落』のレザリア=エルシュラントが参りました」
妖精王アルフレードの神殿の前にたどり着いたレザリアは、扉を叩いた。ほどなくして、中から返事が返ってくる。
「入ってくれ」
その声に、扉を開き中へと入っていくレザリア。カルデネもあとを続き神殿内に足を踏み入れると——
——中央のテーブルに腰掛けているのは妖精王アルフレード。そして、この神殿に常駐しているグリムの姿があった。
「突然の訪問、失礼いたします、妖精王様。本日もお願いがありまして……」
「ああ。あらましはグリムから聞いているよ、レザリア。カルデネが僕に頼み事があるんだって?」
「はい。では私はこれで」
レザリアはピシッと礼をし、その場を立ち去ろうとする。カルデネは慌てて彼女の服を引っ張った。
「レ、レザリア? もう行っちゃうの!?」
「当たり前です。このために私はお暇をいただいたのですから。ああ、リナ……このレザリア=エルシュラント、今すぐあなたの元に馳せ参じますからね……!」
そう言い残し、レザリアはカルデネを振り切って神殿から出て行った。勢いでべちゃりと床に倒れるカルデネ。その様子を見たアルフレードは、呆気に取られた様子でグリムに尋ねた。
「なんだい、あれは。リナがどうかしたのかい?」
「気にするな、アルフ。いつもの病気だ。リナは今、修行に出かけていてね。レザリアは我慢していたが、ついにリナ成分が底をついたらしい。それを補給しに行ったというわけだ」
「……はあ。千年経った今でも、僕はエルフ族のことが理解できないよ」
「確かにエルフ族は不思議なところはあるが、あれは彼女特有のものだ。理解しようとするな、そういうものだと受け止めてやれ」
のんびりと会話をする二人の話を聞きながら、カルデネはよろよろと立ち上がる。
「……失礼いたしました、妖精王様。それで、あの、お願いがございまして……」
「そうだったね。まずは椅子に座ってくれ、カルデネ。紅茶でいいかな?」
返事をしながらカルデネは椅子に腰掛ける。アルフレードが作り出した紅茶をグリムはカルデネに差し出し、彼女に尋ねた。
「それで、カルデネ。なんだい、アルフにお願いごとって。あの家では話せないことなんだろう?」
そう。お願いごとの内容についてはグリムも聞かされていなかった。カルデネは紅茶を受け取りながら、グリムに頷いてみせた。
「そう、なんだ。あのね、グリムはあの誠司様の手記を読んだよね。そして、妖精王様……私が前にお話しした、手記の内容を覚えておいででしょうか」
「……ああ。二十年ほど前にあった、エリスがその身を犠牲にした時の話だね。『支配の杖』を使い、特殊な状況を作り出したという」
「それです」
カルデネは真っ直ぐに、アルフレードを見た。彼も真っ直ぐにカルデネの視線を受け止める。
やがてカルデネは深く息を吸い、言葉を吐き出した。
「妖精王様。私に考えがございます。お願いです、どうか私めに、『支配の杖』をお預けください」
アルフレードの眉がピクリと動いた。彼は部屋の隅に置いてある『支配の杖』を横目で見やり、カルデネに向き直る。
「……『支配の杖』、ね。聞かせてくれ、君の考えというやつを」
「はい、それは——」
カルデネは語る。『支配の杖』を使い何をしようとしているのかを。
やがて全てを聞き終えたアルフレードは、静かに目をつむった。
「——グリム。今の話を聞き、君は可能だと思うか?」
「……そうだね。結果はともかく、『実行』という点では可能だと思う。実例もあるしね。一つ確認だが……カルデネ。それはキミじゃなくて、誠司でもいいんじゃないか?」
誠司。『魂』を切り裂く力を持つ能力者。だがカルデネは、首を横に振る。
「もしそこでセイジ様に何かがあったら、その時点で世界の敗北が決定してしまう。だから、私が行くよ」
決意を込めた瞳で、カルデネはグリムを見つめる。グリムは息を吐き、アルフレードに向き直った。
「問題はその状況が作れるかどうかだが……私からもお願いだ、アルフ。結果は未知数だが、持ち得る手段は増やしておきたい」
「……そうか、分かったよ。ただ、条件がある」
二人は、真剣な表情でアルフレードの言葉の続きを待つ。それを見た彼は、フッと息を吐き柔らかい笑みを浮かべた。
「——僕も参戦させてくれ。僕の『チート能力』を行使させてもらう。少しでも戦いの成功率を上げるためにね」
「……アルフ。キミのチート能力とは——」
そのグリムの問いに、アルフレードは目を伏せる。
「なに、ささやかな『呪い』さ。その時まで楽しみに待っていてくれ」
「……まったくキミは、いつも勿体ぶるな」
「はは、よく言われるよ——」
カルデネの作戦、アルフレードの決意、静かに最後の戦いへのピースは揃っていく。
アルフレードはテーブルの紅茶を見つめ、心の中でつぶやいた。
(……ドメーニカ、ファウス……あっちで、会おうな)
紅茶からわずかに立ち昇る揺らめきは、やがて消えていくのだった——。
話もひと段落したところで、カルデネはグリムに尋ねた。
「ねえ、グリム。そういえばルネディたち、ここにいないんだね。今は何をしてるのかな」
「ああ、そういや言ってなかったね」
グリムは少し口端を上げて、彼女に答えた。
「——彼女たちは各地で、避難する住民の護衛をしているよ。もちろん、『冒険者』として、ね」




