「それぞれの」 04 —ポラナ、ダイズ—
西の森内、エルフの里、レザリアの故郷である『月の集落』。
そこを訪れたのは、レザリア、カルデネ、ポラナの三人。先頭に立って集落内を進んでいたレザリアは、目的の人物を見つけ声を掛けた。
「ダイズ、いて良かったです。まだここにいたのですね」
「これはこれはレザリアにお嬢様がた。ご無沙汰しております……というほど時間は経っておりませんが」
物腰も柔らかく、うやうやしく礼をするのは旅エルフであるダイズだ。
浅黒い肌、引き締まった肉体。見る者が見れば一目で強者とわかる佇まい。その彼の前にポラナは駆け足で出て、両膝をついた。
「ダイズさん! うち、あんたにお願いがあるんだけど!」
「……おや? あなたは確か、ポラナさんでしたね。洗脳が解けたようで何よりですが……あなたが私にお願いとは?」
涼やかな笑みを浮かべながら、首を傾げて彼女を見るダイズ。その彼の細い目を真っ直ぐに見据えて、ポラナは両手を地面につけた。
「うちに戦い方、教えてください!」
集落の隅、開けた場所でダイズとポラナは相対する。
ダイズは長剣を抜き構え、ポラナに問いかけた。
「お嬢様。今のままでもあなたは十分に強い。そんなに焦らなくても、自己鍛錬でそれ相応の高みにはたどり着けますよ?」
「それじゃあダメなの! うち、早く強くならなきゃ!」
ポラナも剣を抜き、構える。
「……なるほど、『大厄災』ですか。その戦いに、あなたも参加すると?」
「……そうだし。悪い?」
返事をしながら、ポラナはジリジリと距離を詰めていく。ダイズは頬を緩め、彼女を眺めた。
「『大厄災』まで、約二か月。その期間では、大した成長は見込めませんよ? それほどまでにあなたの強さは成熟している」
「……それなりに自信はあったよ。でも、あんた相手にはまるで通用しなかった。うち、少しでも強くならなきゃ……!」
ポラナは間合いを一気に詰め、斬り掛かった。それを軽くいなすダイズ。
「無理をせずに避難をしたらいかがでしょうか。命の保証のない戦いです。その選択をしても、誰も文句は言いませんよ?」
「逃げた先に何があるしっ!」
ポラナの連撃がダイズを襲う。辺りに金属音が響き渡る——。
「あなたが罪の意識を感じているのは分かります。ですが、それを理由に死地に飛び込むというのは——」
「……違う!」
金属音が、加速する。ダイズは腰をわずかに落とし、彼女の剣を受け続けた。
「うちが戦うのは! あのお人好しの家族のため! こんなうちに居場所をくれた……姉さんのためっ!」
「……ほう」
ダイズの長剣のひと振りが、ポラナを大きく弾き飛ばした。ポラナは体勢を低くして踏みとどまる。
「姉さんとは、リナ殿のことでしょうか?」
「そうだ、悪いか!」
薙ぎ払われたダイズの剣をポラナは刃で受け流し、踏み込んだ。
そして必殺の一撃を放つ。
「——電光石火!」
「甘いですよ!」
懐に飛び込むポラナ。一度その技を見ていたダイズは、短剣を抜き——
「なんちゃって」
——電光石火を受け止めるべく繰り出されたダイズの短剣は、空を切った。それはポラナのフェイント。彼女は剣の軌跡を変え、下から斬り上げた。
その切先は、ダイズを捉え——
カン
小気味良い剣戟音が響いた。
必殺のポラナの一撃は、後方に飛び退いたダイズの長剣に防がれてしまった。
それを見たポラナは、一瞬にして距離を空ける。
「……くそっ、今のは決まったと思ったのに……」
「……いやいや、驚きましたよ。この前の反省点がしっかりと活かされてますね」
ダイズは笑みを浮かべながらも、驚きの表情をその顔に見せていた。ポラナは舌なめずりをして、息を整える。
「当たり前だし。うちは、強くならなきゃいけないんだ」
「……なるほど。覚悟は、決まっているようですね」
ダイズは剣を鞘に納めた。ポカンとするポラナの元へと彼は近づいていく。
「では、残り二か月の間、出来ることをいたしましょう。あなたの力も私の力も、何か役に立つかもしれませんからね」
「……え? もしかして、ダイズさんも戦いに……?」
その問いにダイズは、頬を上げて答えた。
「当たり前でしょう。来たるべき世界の命運を賭けた戦い。私の剣が少しでもリナ殿のお役に立てるのであれば、これに勝る喜びはありませんよ。では、頑張りましょうか、ポラナ」
「……ありがとうございます、ダイズさん! お願いします!」
「はは。まずは基礎の見直しからですね。お嬢様の剣は、独学でしょうか、クセが強すぎる——」
こうしてポラナは、旅エルフ・ダイズの元で稽古をつけてもらう。
その様子を離れた場所で見守っていたレザリアは、小さくうなずきカルデネに声をかけた。
「——では、そろそろ私たちも行きましょうか。『妖精王』様の元へ」
「うん。よろしくね、レザリア」
最後の戦いに向け、それぞれは動き出す。
大きな決意を胸に、カルデネもまた歩き出すのだった。




