「それぞれの」 03 —誠司、ノクス—
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魔女の家の、とある一日の夜。
誠司は久しぶりに訪れたノクスと酒を酌み交わしていた。
「それで、ノクス。どうだ、住民の避難の方は?」
「ああ、順調だよ。ゼンゼリア王も協力してくれてっからな。皆、困惑はしてるが、リナちゃんが名前貸してくれたからな。混乱は起きてねえ」
「……はは。英雄『白い燕』、か」
誠司は酒を喉に流しながら、目を細めた——。
——『大厄災』が起こる。
やがて訪れるであろう、この地方を襲う未曾有の危機。
サラ王はすぐに動いた。グリムの観測した『大厄災』の範囲外に住民を避難させるよう、勅令を発した。
大きな混乱が予想されたが——そこでグリムは一つの手を打ち、話を広めた。
英雄、『白い燕』。彼女がその元凶、『滅びの女神』に立ち向かうと。
なにしろ彼女は、現実離れした武勲が吟遊詩人の手によって次々と歌になっている、まさに時の人だ。そしてその歌は、単なる作り話ではなく、紛れもない事実として民衆に広まっている。
その影には、とある一つ星冒険者を会長とした、彼女を応援する組織が関与しているらしいが——真相は定かではない。
ゆえに、住民たちは素直に避難に応じた。二十年前にこの地方を襲った『厄災』を知る世代も多い。『厄災』は、現実に起こり得る現象なのだ。
そして彼らは知っている。当時、各地の『厄災』を打ち破った『救国の英雄』の存在を。『厄災』は、英雄の手によって打ち破られる。
だから、今回の『大厄災』も——時の英雄、『白い燕』が名乗りを上げたのだ。きっと、大丈夫。住民たちは希望を胸に、避難を始めたのだった——。
「——ミラもアナも、もうすぐ避難しちまう。落ち着いたら俺も、しばらくこの家に厄介になろうかな」
「……ノクス。本当に君も……戦うのか?」
「まあ、な。どのみちお前さんたちが負けたら、世界は滅んじまうんだろう?」
「………………」
無言でテーブルを眺める誠司。その時グリムがやってきて、塩を振った炒り豆をテーブルの上に置いた。
「つまみだ、食え。私も同席いいかな? むしゃむしゃ」
「よう、グリム。お前さんも飲め飲め。どうせ酒に合わせた塩っ気にしてあんだろ?」
「いや、私は永遠の二歳だからな。アバター的には成人しているが——」
「——ノクス、すまない」
突然、誠司が静かに頭を下げた。何事かと手を止める二人。そんな中、誠司は苦しそうな顔で頭を上げた。
「……元はと言えば、私たち『転移者』が起こしたことだ。何もなければ、君たちは平和な暮らしができただろうに——」
そう、誠司は聞かされている。千年前の話を。この地を襲う『大厄災』は、『転移者』のチート能力だということを——。
唖然とした様子で誠司を眺めたノクスだったが、やがて炒り豆を鷲掴み口の中へと放り入れた。それをグリムが恨めしそうな視線で眺める。
「ああ、私の炒り豆が……ノクス、取りすぎだぞ」
「……ふん。『転移者』がどうのって? んなこと言ったら悪いのはヘクトールとかいう馬鹿タレのせいだろうが。こっちが謝りこそすれ、お前さんに謝られる筋合いはねえ」
「……しかし……だな……」
同じく事情を知るノクスからぶっきらぼうに言われ、誠司は口ごもる。同じ『転移者』として、彼はこの世界に住む者に対して罪悪感が芽生えていた。
だが、ノクスは続ける。
「セイジよお。俺はお前さんのしてきたことを見てきたし、そのおかげで俺たち家族は守られた。どこの世界だとか関係ねえ。そんなんで悩んでんの、お前さんだけだぜ。なあ、グリム?」
「……そうだね。なあ、誠司。私の推測を一つ聞いてもらってもいいかな?」
「……推測?」
不思議そうな顔をする誠司に、グリムは炒り豆をつまみながら語った。
「キミはこの世界に来て、この世界の建築物を見た時、どんな印象を受けた?」
「……何を……いや、そうだな。まるで異世界作品のようだと……言ってみれば、『中世ヨーロッパ』みたいな街並みだとは思ったが」
「そう、『中世ヨーロッパ』みたいな、だ。」
いまだに話をつかめない誠司を見ながら、グリムは炒り豆を手に取った。
「千年前に建築様式を広めたアルフは、十九世紀初頭の人物だ。当時、イタリアで流行っていた建築様式は新古典主義といってな……まあ、それはいいか。ただ、キミの感じた通り、千年経った今も建築技術は進歩していない……いや、私から見ると『衰退』している」
「どういうことかね?」
話を聞きながら誠司も炒り豆に手を伸ばしたが、その指先が触れるより早く、横から伸びてきたノクスの手にかっ攫われてしまった。
「ようは、この世界の技術の進歩は長命種が多いせいか、『衰退』の道をたどりがちだということだ。アルフの広めた『新古典主義』。その技術は発展することなく、その形骸だけが残り、土地の建築と混ざり合った結果、キミの言う『中世ヨーロッパ風』へと変質してしまったのさ」
発展、継承。人間族が得意とする分野だ。納得したような誠司を見て、グリムは続ける。
「人が生きるのに建築技術がどれほど重要か分かるだろう? インフラ、防壁、生産、全てにおいての基盤となる。魔法の分野でもそうだが、もしアルフが来ていなかった場合、この世界は緩やかに『滅び』の道を歩んでいただろうね」
「……待て、グリム君。つまり、『転移者』という存在は……」
誠司は直感する。ヘクトールを打ち果たす時に感じた、『世界の意思』。まさか、『転移者』は——。
「はは、言っておくが、これは私の嗜好が入った憶測だ。真に受けないでくれ。さて、私はもう一回、豆を炒ってくるよ。夜は長そうだからね」
入れ替わりでエリスがジョヴェディの襟を引きずって部屋に入ってきた。
「ライラ寝ちゃったー。みんな出かけちゃってるし、私もまぜてー!」
「……フン、酒は頭を鈍くするからワシゃ好かん」
「ところでなに話してたの?」
「いんや、俺にはさっぱりですよ、エリスさん。なんかセイジが、まあた拗らせやがって」
「なになに、聞かせてー」
「……フン、一杯だけなら付き合ってやらんことも——」
賑やかな光景。それを見ながら、誠司はフッと笑った。
(……世界が『滅び』を回避するため、ね。まあ、そのおかげでエリスや……彼らと私は、出会えたんだな)
夜は更け、また次の朝へ。それぞれの想いは、紡がれてゆく——。




