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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
最終部 第一章
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「それぞれの」 01 —ライラ、莉奈—





 十月も終わりに近づき、肌寒さを感じるようになった頃——


 旅立ちの支度を終え、大荷物を抱えた莉奈の元に、ライラがてててとやって来た。


「リナ、もう行っちゃうの? どのくらいで戻ってくるの?」


「あはは、そうだねえ。とりあえず、年明け前には戻ってくるよ」


「……そっか。頑張ってね」



 ——あの戦いのあと、リョウカが残していった『ライラのメモ帳』。


 それがきっかけで、ライラは莉奈に普通に接することができるようになっていた。



 ——いや、普通に接するだけでは駄目だ。リョウカはライラたちに全てを託し、旅立っていったのだから。


 だから、リョウカの分まで、いっぱい、いっぱいリナと仲良くしなくちゃ。もう二度と、あんな態度をとってしまうことがないように、いつだって、自分の心に素直に——それがライラの、贖罪。


 手の届く距離にいたのに、ごめんなさいが言えないこともあるのだと身をもって思い知らされた。私はもう失敗しない。せめて、目の前の大好きなお姉ちゃんには、もう。


 ライラは懐に入れてある古ぼけたメモ帳を押さえ、そう心に決めるのだった。



「じゃあ、行ってきまーす! ライラ、誠司さんたちのことよろしくねー!」


「うん。リナも気をつけてねー!」


 旅立つ莉奈を見送ったライラは、空を眺め続ける——。




 グリムの観測の結果、『発芽』、および『大厄災』の発生は『未来の観測データ』通り二月上旬頃だと推定された。


 それまでは手出しをしないとのことだった。下手に手を出してイレギュラーな事態が起きてしまうのを防ぐためだ。リョウカに託された『未来の観測データ』を、最大限に活かすために。


 その間は——『赤い世界』で観測された、最初の『大厄災』の影響範囲内にいる人たちを避難させることになっている。


 幸運だったのは、先の『魔女狩り』戦で捕虜にしたロゴール国の兵士たちが、住民の避難に喜んで協力してくれたことだ。


 敗戦国の捕虜に対する破格の待遇——それは期せずして、彼らの信頼を勝ち得たようだ。


 二十年前にトロアの地を襲った『厄災』。その話は実際にあった出来事として広まっている。そのおかげで今度の『大厄災』の話も、彼らの間では信憑性のある情報として広まった。


 そして、もし話が本当なら、近隣である彼らの故郷、元ロゴール国も決して無事では済まないだろう。そうした様々な要因が重なり、彼らもまた、世界の平和という目的のために協力してくれたのだ。


 無駄に失われる命、そんなのはあってはならないのだから——。







 旅立った莉奈は、半日もかからず目的地へとたどり着いた。


 西の森の北西部、岩壁に囲まれた更地——そこに降り立った莉奈は持ってきた大荷物を岩壁付近へと置き、すうと息を吸い込んで大声を上げた。



「——たのもーーっ!!」



 やがて。


 一人の筋肉質の男性が、空から降りてきた。


「ほう、リナよ。待ちわびたぞ」


「……ええと……どちら様でしょうか?」


 ズル。筋肉質の男性は軽く体勢を崩す。


「……我だ、ヴァナルガンドだ。忘れたわけではないだろう」


「……あー……」


 莉奈はまじまじと人間形態のヴァナルガンドを観察し——やがて両手を交差させた。


「解釈不一致。やり直し。返して、私の理想の女性像を」


「はあ?……いや、こっちの姿の方がかっこよかろう……」


 心なしかしょげかえるヴァナルガンドを見て、莉奈は悪戯っぽく笑った。


「うそ、うそ、ごめん。今日はね、あなたにお願いがあって来たんだ」


「……ほう?」


 ヴァナルガンドの口端が吊り上がる。莉奈は小太刀を抜き、構えた。



「私の特訓に付き合って欲しい。剣技も……そして、能力も、少しでもリョウカに……『私』に、近づくために」



「……ふん。よくわからんが、我と戯れるということだな?」


 不敵な笑みを浮かべ、その四肢に青白い炎をまとうヴァナルガンド。彼が駆け出そうと足を踏み込んだ瞬間——莉奈は彼の背後に『空間跳躍』をした。


「……ぬっ?」


「言っとくけど、あの時より私は強くなっている。弱点を突かなくても、あなたに勝ってみせるよ」


「……くくっ、言ったな? 本気でいくぞ?」


「望むところだ!」



 ——戦闘は、始まった。乱れ舞う青い炎舞。残像を残しながら瞬く白い影。



 しばらく交差していた青と白の軌跡だったが——



 一瞬の静寂。



 戦場の中央、そこには莉奈の小太刀をその手で受け止めているヴァナルガンドの姿があった。


「ふん、不思議な力を使う。だが……早くも息切れか?」


「……はは、ごめんね。まだこの力、使い慣れてないんだ」


 小太刀ごと投げ飛ばされた莉奈は、空中に踏みとどまる。それを眺めるヴァナルガンドは、顎に指をあてた。


「しかし、焦りが見えるな。ただ我と戦いたいというわけではなさそうだ。教えろ、その強さを求める理由を」


「……お見通し、なんだね」


 莉奈は小太刀をしまい、地表に降り立った。そして彼に、来るべき未来を告げた。



「——来年の二月に『大厄災』がくる。その時のために、私は強くなりたい——」





 ——莉奈の話を聞き終えたヴァナルガンドは、険しい表情を浮かべていたが、やがてドカッと腰を下ろした。


「……千年前の、『大厄災』か。覚えておるぞ。この地が一時期、死の大地へと変貌したことを」


「……うん。それが再び起こるらしいんだ。だからそれまでに少しでも、私は強くなりたい」


「己が生き延びるため、か?」


「ううん。みんなを、守るため」


 ヴァナルガンドは莉奈の瞳を見つめる。やがて彼は、フッと息を吐いた。


「なるほど、そのための大荷物か。覚悟はできているようだな」


「うん。まあさすがに、ちょくちょく街へ買い出しへは行かせてもらうけど……」


「——ハティ」


 ヴァナルガンドが呼びかけると、空から痩せマッチョの青年が降ってきた。驚く莉奈をよそに、二人は会話をする。


「起きておったか、ハティ」


「あんだけドンパチやられちゃねえ。嫌でも目が覚めちまうよ」


「なら、聞いておったろう。お前はリナの代わりに、買い出しへ行ってやれ。時間が惜しい」


「……えぇ……オヤジ、人使いが荒いなぁ……」


「……あのう……私、新年は家に……」



 こうして莉奈は、ヴァナルガンドの元でしばらく生活を送ることになる。『白い世界』のために、少しでもリョウカに近づくために——。


 莉奈は肩をすくめながら、立ち上がった。



「じゃ、時間も惜しいし、どんどんいこっか。できれば、女性の姿でよろしく!」




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