終着点 05 —終着点—
†
『最後の厄災』、決戦日、当日——。
戦闘開始前、私は戦場の遥か上空で、眼下に広がる炎を眺めながらジョヴ爺と最後の打ち合わせをしていた。
「——じゃあ、私はここで待機してるよ」
「……フン。覚悟は、変わっておらんのか?」
「あたりまえじゃん。それよりいざという時、私のお願い、よろしくね?」
「…………フン……そうならんよう、力を尽くしてやるわい」
ジョヴ爺はそう吐き捨て、意識を集中し始めた。恐らく、地中に潜ませている『分身体』を移動させているのだろう。
私は視る。魔法国城の大広間の転移陣に現れた、みんなの姿を。
「……ジョヴ爺、始まるよ」
「……そうか。ワシは下降を開始する。リョウカよ、達者でな」
「ふふ。うん、またあとで」
そう言ってジョヴ爺は、決戦の場へと向かっていった——。
†
メルの氷が、氷竜のブレスが『終焉の炎』を抑え込む。動き出す魔女たち。
そして——
「「——『凍てつく時の結界魔法』!」」
——『最後の厄災』の時は封じられ、炎が収まる。ここまでは作戦通りだ。
ジョヴ爺が合流し、戦局を安定させる。実体を与えた『最後の厄災』に、皆が持ち得る手段で様々な攻撃を展開していく。
だが——
(……はは。何よあれ、想像以上じゃん……)
グリムの額に汗が伝うのが見て取れた。彼女が用意した攻撃手段、そのいずれもが、『最後の厄災』には通用していなかった——。
やがてグリムは、苦しそうな表情でみんなに告げた。
「——……すまない。考えうる限りの全ての攻撃手段は試した。もう、打てる手がない。撃破は、諦める……」
みんなが思っている以上に、グリムのその言葉には重みが伴っている。彼女とてその方法はとりたくなかったはずだ。それは、エリスさんが過去『最後の厄災』を封じ込めた、あの時の再現に他ならないのだから。
しかし、私は少し期待する。もし、『エリスさんの存在』を『運命』が必要としているのならば、この時のためなのかも知れない。
そして、『運命』はこの作戦に参加するエリスさん、メル、そして何より誠司さんの死を、絶対に望んではいないはずだ。だから——。
私は祈るように見つめる。『運命』の行く末を。
やがて——
「エリス、塞げえっ!」
「うんっ!」
——三人は無事、戻ってきた。『最後の厄災』を空間に置き去りにして。
(……よかった……)
私は、安堵する。これで、もしかしたら——
パキ
——空間の、割れる音がした。
(……ダメ……だったか……)
『最後の厄災』。あの存在は、異常だ。
私は目を瞑り、覚悟を決めた。
†
「…………『撤退』だ」
拳を強く握りしめて、グリムは苦しそうに宣言した。
彼女が敗北するのは、この世界では初めてだろう。あの赤い世界での、『女神像』との戦いの時以来だ。
でも、大丈夫。あなたを——みんなを、こんなところで負けさせやしない。あなた達を『白い世界』に進ませるために、私はいるのだから。
私はフードとマスクを外した。
あーあ、私って未練がましいなあ。『夢のような存在』って割り切っていたはずなのに、最後にはやっぱり私の存在に気づいて欲しくって——
——まあ、最後だし、許してね?
やがてジョヴ爺は、覇気のない表情でこちらを見て、つぶやいた。
「……すまんのう。ワシらじゃどうすることも出来んかった。あとは任せたぞ……リョウカ」
ふふ、あとを任せるのは私の方なのに。そんなに苦しそうな顔しないでよ、ジョヴ爺。
——私は皆の元へと、『空間跳躍』した——。
†
「……バカ、な……この『魂』は……」
私の存在に気づいた誠司さんが、真っ先に声を上げた。ありがとね、私に気づいてくれて。
みんなが私の方を見て、驚愕の表情を浮かべている。私はそんなみんなを見て、微笑みを浮かべた。
「……ジョヴ爺、あとはよろしくね」
「……フン。すまんのう、リョウカ……」
ジョヴ爺が『最後の厄災』を実体化させる。事前に打ち合わせた通りだ。
その間——私は、家族一人ひとりの顔を見た。
誠司さん
私を助けるために、きっと何度も何度も死んだんだよね。ありがとね。今度は私が助ける番だよ。ようやっとつかんだ『家族の在るべき形』。みんなと幸せにね——お父さん。
エリスさん
できることならゆっくりと話したかったけど——きっとヘザーと同じで、優しくて、気を遣ってくれて、色々な事を教えてくれる、そんな人なんだろうなあ。誠司さんやライラのこと、よろしくね。
レザリア
あなたと最初に会って間もない頃。あなたが私に言ったこと、今でも覚えているよ。
——『そんな顔をしないで下さい、リナ。人にはそれぞれ役割があるのですから。今回に関しては、私達の役目だった、というだけです。リナはリナの役目が回ってきた時に、私達を助けて下さいね。約束ですよ?』
うん、今がその時だ。ここが私の役割だ。ようやっと恩返しができるよ。
ふふ。でも、『私』への愛情はほどほどにね?
グリム
あなたがいたから、今の私がいる。本当はもっと早く会って『再会』したかったけど——これも『運命』なのかもね。
これからあなた達は最大の苦難に立ち向かうことになる。でも、あなたなら大丈夫。事前情報を得た時のあなたは、最強なんだから。
これからも『私』を支えてあげてね。じゃあね、私の、一番の親友。
『私』
いい?『白い世界』への扉を開く鍵は、あなたが握っている。『赤い世界』を経験した私ではできない、『赤い世界』を知らないあなただからこそできる純然たる願い——。
願いなさい。祈りなさい。そして、立ち向かいなさい。
あなたの描く物語の行く末を、私は見守ることができないのが残念だけど——
ライラと、仲良くね。
そして——ライラ。
ごめんね、こんなお姉ちゃんで。私は『赤い世界』で、あなたを助けることができずに、逃げ出しちゃった。
でも、強くなったんだね。びっくりしちゃったよ。ライラが頑張ったから、みんなここまでたどり着けたんだ。
あともうちょっと頑張れば、きっとみんなで笑って過ごせる日が来るからね。
だからね、ライラ。
きっと大丈夫。
あなたと『私』なら、きっとやれる。
私は、あなたの前から消えていなくなっちゃうけど——
どうか、
「ライラと『私』の紡ぐ物語」に、
白い世界の祝福がありますように——。
「……リョウカ。実体化、終わったぞい」
ジョヴ爺の声に、私は目を開ける。
私はうなずき、実体化した『最後の厄災』を抱え、みんなの幸せを願ってつぶやいた。
「——『あの素晴らしい日を』」
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私は、飛ぶ。フライトの時間のうねりの中を。
ここは、私だけの場所だ。『最後の厄災』は、ここでは動けない。
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——私は、飛ぶ、飛ぶ、永遠とも呼べる時間を。
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私と初めて会った日に、グリムは言っていた。
この世界は、別の歴史をたどった『地球』なのではないか、と。
なら、例えどんな歴史をたどったとしても、揺るがない未来があるはずだ。
私はグリムを、信じる——。
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————…………。
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・
・
やがて終着点を迎えた私は、『最後の厄災』と共にこの世界へと降り立った。
空には、大きく膨れ上がった太陽。地表はマグマの海。私の肉体が、一瞬にして崩壊する——。
——そう。ここは『五十億年後の地球』。星の終わり。全ての生命の存在を拒絶し、破壊され尽くした世界。
魂だけの存在になった私は、連れてきた『最後の厄災』を見守る。
『——さあ、好きなだけ暴れなさい。ま、もう破壊できるものは何もないけど』
最初は微笑みを浮かべていた彼女だったが、その微笑みはだんだんと失われてゆき——やがて存在意義を失い、消失していった——。
それを長い年月かけて見届けた私は、つぶやいた。
『——……終わったよ、みんな——』
還るべき天をも失われてしまったこの世界では、私の魂の還るべき場所は、どこにもない。
全てをやり遂げ、満たされた私の魂は、永劫とも呼べる時間、この宇宙をさまよい続けるのだろう。
残してきたみんなの幸せを、ただ、願い続けながら、
いつまでも、ずっと、ずっと……————。
次話、第八部エピローグです。




