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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第八部 第六章
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終着点 04 —神の一手—





 私はジョヴ爺から、エリスさんの復活の詳細、『最後の厄災』の観測データ、そしてグリムの立てた作戦を伝えられた。


 エリスさんの復活は、やはり彗丈さん絡みだった。あの時、私が余計なことをしなかったのは結果的に幸運だったのだろう。


 次に、『最後の厄災』。赤い世界の『天使像』を彷彿とさせるそれは、まさに誠司さんの手記に記されていた存在だということだ。二十年近く前に現れ、エリスさんの命を持って封じ込めた存在。


 正確には分からないが、さっきジョヴ爺が言っていた通り、エリスさんの復活に引き寄せられたのかもしれない。


 すなわち——『運命』は『最後の厄災』の復活という困難を与えてもなお、エリスさんの復活を望んでいたのだろう。


 そして、グリムの立てた作戦だけど——



「——ねえ、ジョヴ爺。ほんとに大丈夫かな……?」


 対『最後の厄災』攻略戦。要となるのはジョヴ爺が土の『厄災』の力で、『最後の厄災』を実体化させるというものだった。


 グリムの考えだ、勝算があるか——もしくはそれしか取り得る手段がないということなのかもしれない。


「……うむ。青髪は『勝算は五割もない』と言っておったぞい」


「……そっか」


 あの火竜戦の時の『0%』とは訳が違うようだ。エリスさんが命を懸けて封じ込めた二十年前の再現、その作戦が視野に入っているということは、そういうことなのだろう。


「それで……もし駄目で、撤退した場合は?」


「……そうじゃのう。エリスのゲートで逃げ続けて、なんとかその間に攻略法を考えるしかない、と言っておった」


「………………」


 険しい顔をするジョヴ爺に、私は何も返せない。グリムがそう言うということは、撤退イコール事実上の敗北宣言だ。


 だって、グリムはすごいんだ。現時点で彼女の取り得る手段が全て失敗に終わった場合、よほどの『何か』がない限りはもう取り得る手段がないということに他ならない。



 しばらく考えたあと、私はジョヴ爺に尋ねた。


「……それで、みんなはいつ戦うの?」


「……明日じゃ。彼奴らはもう、ブリクセンに集合しておるじゃろう」


「そっか」


 私はジョヴ爺に、微笑みかけた。



「ねえ、ジョヴ爺。肩揉んであげよっか?」







 焚き火の音が、パチパチと音を立てている。


 炎に薪を焚べながら、ジョヴ爺は横になっている私に語りかけた。


「——のう、リョウカよ。何を考えておる?」


「……何が?」


「何がも何もない。嫌がるワシの肩を無理やり揉んだり、豪勢な晩飯を振る舞ったり……お主は……まるで……」


 ジョヴ爺の言葉が止まる。私は上体を起こした。


「ふふ。いやだった?」


「……そんなことは、ありゃせん」


 私は岩壁にもたれかかり、星空を見上げた。赤々と染まりつつある星天は、星の輝きを失っていた。


「……ま、本当は明日の朝に言おうと思ってたんだけどね。今夜は眠れそうにないし、ちょうどいいや」


「……じゃから、何を考えておる」


 火に映し出されるジョヴ爺の横顔は、じっと焚き火を見つめていた。私は目を伏せ、まぶた越しに炎を見つめる。


「ねえ、ジョヴ爺。私さ、ちょっと前に言われたよね。『傲慢』だって」


「……気にしておるのか?」


「……ううん、そうじゃないよ」


 私は薄目を開ける。火の粉がパチっと、宙を舞った。


「もし、明日の戦いが『撤退』になった場合……私が何とかするよ。この世界の『私』が、『白い世界』へと進めるように」


「……聞かせい。何を狙っておる……?」


 焚き火の熱が、私の目を乾かしていく。私はグリムの真似をして、寂しく口角を上げた。



「——私が『運命』を変えてやる。どこまでも傲慢に。『最後の厄災』を倒す『神の一手』を、私が放つ——」







 ——やがて私の話を聞き終えたジョヴ爺は、深く目を瞑って、かぶりを振った。


「……認めんぞ。そのような勝利に、何の意味がある」


「ふふ、大きな勝利だよ。だってそれなら確実に『最後の厄災』を消すことができて、『白い世界』への道は繋がるんだから」


「……フン。ワシがお主なら、その能力でもう一度過去に飛び、一か八かやり直すがのう。もう、クールタイムとやらは終わっとるんじゃろ?」


 そのジョヴ爺の言葉に、私はうつむいた。


「それはできない……できないんだよ、ジョヴ爺」


「……なんでじゃ?」


 私は顔を上げ、ジョヴ爺に微笑みかけた。



「……私の飛ぶ能力『あの素晴らしい日を(フライト)』にはね、代償があるんだ。『残された寿命の半分』っていう代償がね」









 あの時、赤い世界で。


 私の『あの素晴らしい日を(フライト)』の詳細を聞いたグリムは、深く考え込んだ。


「……ふむ。『残された寿命の半分』ね……」


 フライト。数年以上先の時間へと飛ぶことができ、飛んだ時間の半分ほどの時間が経てば何度でも使用できる能力。


 だが、その代償のせいで、決して無限に使えるわけではない。


「……なら、キミは歴史を確かなものにするために、『転移直後』くらいからやり直した方がいい。その必要がありそうだ。『リョウカ』が、そうしていたからね」


「どういうこと?」


 首を傾げる私に、彼女は説明してくれた。


「これは私の、一つの可能性としての考えだが……中途半端な過去へと飛んだ場合、キミはもしかしたら『リョウカの存在しなかった』時間軸へと飛んでしまう恐れがある」


「……ねえ、グリム。さっきから言っている、『リョウカ』?……って、何?」


 その私の言葉を聞いたグリムは、目を大きくした。


「……莉奈、もしかして『リョウカ』を覚えてないのか?」


 首を傾げ続ける私を見て、彼女は息を吐いた。


「なるほど……これは『円環構造』の弊害……いや、なんでもない、忘れてくれ」


 まるで独り言のように呟き、グリムは続ける。


「つまり、誠司を救うためには歴史上、キミの介入は必須だと私は考えている。キミが歴史を支えなければ、あの誠司が失われた運命の分岐点に辿り着けない可能性がある、そう思うんだ。その場合、飛び直したとしても……その『残り寿命の半分』という代償は重すぎる」


「うーん……もしかしたら私の知らない過去へと飛んじゃうかもしれないってこと?」


「そのような解釈で問題ない。その点、キミがこの世界に来た時あたりを狙えば、確実にキミが知っている世界に飛べるはずだ。キミの知識通りに歴史を動かすのは、かなりの苦労を伴うと思うが……」


 最後の方、言い淀むグリムに向かって、私は笑みを浮かべた。


「わかったよ、グリム。いまいち理解しきれてないけど……グリムが言うならそうなんだろうね。みんなが幸せになれる世界を掴むために、私、頑張るよ」



 ————…………。







「……えっとね、ジョヴ爺。人間族の寿命が短いのは、あなたも知っているでしょう?」


「うむう……しかし、あと何回かは使えるんじゃろ?」


 ジョヴ爺が薪を継ぎ足す。私は無理やり笑顔を作って、彼に答えた。


「仮に、私の寿命が五十歳までだとした場合……二十五歳の時に飛んできたから、その時点で残り寿命はあと十二年半。そこから四年半経っているから、残り八年になってるでしょ?」


 虫の音色が聴こえる中、ジョヴ爺は私の話に静かに聞き入っていた。


「そして今から『過去』に……始まりの時に飛んでやり直すとしたら、四年半ほど遡ることになって、残された寿命は半分の四年になる。その場合——」


 私は、目を閉じた。


「——私はもう、ここに立つことができない」


 沈黙。やがてジョヴ爺は、苦しそうに声を絞り出した。


「……フン。いくら人間族といえど、五十で寿命を迎える者なぞ稀じゃろう」


「でも、絶対じゃない」


 私は目を開け、ジョヴ爺に向き直る。


「だから、『運命の分岐点』を越えた今、『過去』に戻って全てが台無しになるリスクを負うくらいなら——」


 荷物を漁り、私は二つのものを取り出してジョヴ爺に手渡した。




「——私は、『未来』へと、突き進む」





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