終着点 03 —仮説—
私が『天使像』を確認した日から、二日が経った。
その間、観測する分には『終焉の炎』は広がりを見せているようだった。手記の内容と、一致している。
(……私にできることは……)
もし本当に一切の攻撃が通用しないのであれば、私に打てる手はない。
考える。
あの赤い世界の『天使像』には、攻撃が通用したはずだ。私自身が、太刀で斬り裂いたこともある。『厄災』たちと同じ再生能力を持っている以上、剣では一時的な無力化しか狙えないが。
(……みんなは……グリムは気づいているのかな……?)
そうだ。こんなところでのんびりしている場合でも、私の正体バレを心配している場合でもない。
こうなったら、強引にでも接触を——そう覚悟を決めた時だった。
『——探したぞい、リョウカ。早う、いつもの場所に戻ってこい』
「……ジョヴ爺……?」
——地面から土人形が生えてきて、私にそう呼びかけるのだった。
†
「……ジョヴ爺、アルフさんのところに行ってたんじゃ……?」
「フン。そこで青髪につかまってのう、いろいろと聞いてきといたぞい」
ここは、ジョヴ爺と拠点にしていた岩壁を背にした野営場所。彼と合流する際、待ち合わせに使っていた場所だ。
ジョヴ爺は私の目を覗き込み、息を吐いた。
「——その様子じゃと、何が起こっているのかは知っておるようじゃのう。聞かせい、ワシらはどうやってあの存在を抑え込んだ?」
「……ごめん、ジョヴ爺……私は、あれを、知らない……」
私の言葉を聞き、ジョヴ爺は眉をしかめた。
「……知らんとは……どういうことじゃ? お主の世界では、あの『最後の厄災』は出現しとらんのか?」
「……『最後の厄災』……って言うんだね。私が知ってるのは『天使像』。それも、現れるのはもうちょっと先の話なんだ」
「……フム」
ジョヴ爺は考え込む。やがて深く目を瞑り、私に問いかけた。
「リョウカよ。お主の世界で『厄災』サーバトを消滅させた時期は?」
「……えーと。少なくとも完全消滅は二年後。それ以前に『天使像』は出現していた。まあ……最初に消滅させたのと同じくらいに出現はしたんだと思うけど……その時には同時に『大厄災』が発生した」
「……なら、『厄災』サーバト消滅の線よりも、エリス復活の方が因果が濃い、か」
「……え?」
突然告げられた言葉に、私は言葉を失う。いや、確かにこの前のサーバト戦の時に、エリスさんはライラに憑依したが——。
「エリスは肉体を取り戻し、今はピンピンしておるそうじゃ。お主の世界ではそんなこと無かったのじゃろう?」
思い当たる。『万年氷穴』にあったエリスさんの肉体のことを。そっか、あれはやっぱりエリスさんで、元の身体に戻れたんだ。
「……だから彗丈さん、殺しちゃいけなかったのかな……」
「……ん? どういうことじゃ、聞かせい」
「……うん。ええとね——」
私はジョヴ爺に語る。『運命』は彼の生存を望んでいたということを。因果の分からないルートが、確かに存在していたことを——。
「——はは。『運命』の見えなくなった私には、もう何のことだか分からないけどね……」
「なるほどのう。しかし、彼奴を殺せば『白い世界』への道は閉ざされる、それは感じ取れていたのじゃろう?」
「……うん」
「……そうか。お主は『運命』は見えなくなったと言っておるが、『運命』にはまだ導かれている、間違いないじゃろ」
私はハッとなり、ジョヴ爺の顔を見た。彼は私の目を再び覗き込んだ。
「ちなみに、ヘクトールはどうなんじゃ。彼奴を生かし続けた上で、彼奴は分岐点では退場した。その時点での白い世界とやらは?」
「……言われてみれば……ヘクトールは殺してはいけなかった。でも、あの人はあそこで退場する必要があった……」
なぜだ。なぜあそこで退場するのならば、それ以前に退場してはならなかったのだ。ヘクトールをあそこまで生かしたことで『ドメーニカの種』の結界は破られ、『滅びの女神』は『発芽』することになり——。
「…………!!」
私は自分の思いつきに口を押さえる。
まず一つ。『運命』は最初から私の敵で、『滅びの女神』を復活するように仕向けていた。
いや、それはない。あの『赤い世界』でも、その目的は果たせるのだから。
そしてもう一つの仮説。もし『運命』が——『私』がそれを、本気で願うのだとすれば——
「……ふふ……ふふふ……」
自身の突拍子のない考えに、私は堪えきれずに笑みを漏らしてしまう。ジョヴ爺は不思議そうな顔で私を覗き込んだ。
「……どうしたんじゃ、リョウカ。急に笑い出して、気色悪いぞい」
「気色悪い言うな。うん、もしかしたら分かったんだ。『運命』の行き着く先、その終着点が」
私は真っ直ぐにジョヴ爺の目を見つめ返した。彼の瞳に映る私の目は、輝きを取り戻していた。
「もしかしたら、全てが必要なことなのかもしれない。私と『私』は、ちゃんと『運命』に導かれている。まずは『最後の厄災』っていうやつを、何とか乗り越えなきゃね」




