終着点 02 —『運命』は嘲笑う—
アルフさんのところへと向かったジョヴ爺を見送った私は、『魔女の家』へと飛び向かう。
目的は、グリムに接触すること。そして、今の『私』たちの動向を探るためだ。グリムに接触するとしても、『分岐点』を乗り越えた今、誠司さんや『私』に正体を知られたくはない。
今となっては私は、あの家族にとって異物でしかないのだから。
魔法国からこの家までは、馬車で一週間以上かかる。さすがにまだ帰り着いていないだろうけど——ヘザーのバッグで誰かが先に帰り着いているということもあり得る。
近くまで来た私は、慎重に、魔女の家へと意識を飛ばした。
そこにはテーブルを囲んでいるカルデネ、グリム、そして——
「……ん? どうしたの、レザリア。急に立ち上がっちゃって」
「いえ。今、確かにリナの気配が」
「いや。莉奈は今『万年氷穴』を出て、私の端末と共にブリクセンに向かっている最中だが——」
——私は急いで意識を遮断する。なんだアレ、能力持ちか!?
レザリアに私の正体はバレたくない。絶対に厄介なことになる。
どうやら近くに『私』というデコイがいる時でないと、彼女のそばに近づくことはおろか、意識を飛ばすのも難しそうだ。
しかし、運良く情報は得られた。『私』たちは今、なぜかブリクセン方面にいるらしい。
(……なぜだろう……ブリクセン……万年氷穴……って、まさか)
『運命』の見えなくなった私はその予感めいたものを確かめるために、万年氷穴へと飛び向かった。
†
二日後、私は『万年氷穴』の近くに降り立った。
誠司さんたちがここを訪れた理由。もしかしたら私が坑道内で見た、あの『エリスさん』に関係しているんじゃないかと思ったからだ。
私は意識を、例の小部屋へと飛ばして見た。
そこには。
グリムと氷人族の長老が話し合っている姿があった。そして、あの『エリスさん』の姿は、部屋にはない。
(……どういうこと……?)
私は会話を聞き取ろうと、意識を集中させ——
「…………!!」
——その時、私は気づいた。俯瞰視点で飛ばしていた意識、万年氷穴の山頂に、たたずむヘザーの姿があることに。
(……もしかして誠司さんたち、戻ってきた!?)
私は慌てて『空間跳躍』し、その場から逃げ出す——。
——これは後でジョヴ爺から聞いた話だが、どうやらあの時点でのヘザーの中身は彗丈さんだったらしい。
『運命』が見えなくなった途端、これだ。私は『運命』に遊ばれている感覚に陥りながら、遠くへと飛び続けた——。
†
「……はあ。上手くいかないなあ……」
私の目的はただ、誠司さんの探知範囲を避けつつ、ところどころにいるグリムの端末のどれかに接触するだけなのに。
『運命』こそ見えなくなったが、この一連の流れが『運命』に邪魔されているのはわかる。今はまだ、その時ではないのか?
「……確か、『滅びの女神』の顕現、そして『大厄災』の発生は来年の二月だったよなあ……」
歴史通りに進めば、二月上旬の満月の夜、あの『大厄災』は発生する。今は十月の上旬。若干の猶予はあるけど——できるだけ早く、グリムに預かり物を返したい。
「……とりあえず、そのドメーニカが封印されてるっていう『種』の様子でも確認しておくか」
今はグリムと接触しようにも、何をやってもダメなような気がする。
私は魔法国跡地へと飛び立つ。そこで私が目にしたものは、私の記憶にない、とんでもない光景だった。
†
「……なによ、これ……」
魔法国を中心に渦巻く炎。熱波は舞い上がり、炎の風が吹き荒んでいた。
知らない。また私の知らない未来が、私の目の前に現れた。
これは、歴史通りなのか? 私は『赤い世界』の記憶を呼び覚ますが、いや、絶対にない。こんなことが起こっていたのだとしたら、嫌でも耳に入ってきていたはずだ。
私は炎の中心部へと意識を伸ばしていく。
そこにあったのは——
「……なんで……」
——胃液が逆流しそうになり、私は口を押さえる。
何故ならそこには。『赤い世界』で私の大切な人たちを奪っていった『天使像』。その存在が、炎の中心で微笑みを浮かべていたからだ。
私は震える身体を奮い立たせ、『空間跳躍』で退避する。なぜ、こんなにも早く——分からない。
いや、あの時の『天使像』は六体いたはずだ。今見えたのは一体。しかも、あの世界で『天使像』が使わなかった、『炎』の力を使っている。
「……まさか」
私は思い出す、誠司さんの手記を。
あれはまさしく、手記に記されていた「『厄災』ドメーニカ」と呼ばれていた存在、そのものではないか。
だとしたら。手記に書かれている内容が真実だとしたら。
——あれには、一切の攻撃が、通用しない。
「……………………」
世界が『赤い世界』に傾いていくのが感じられる。それは『運命』の囁きか、私の心の叫びなのかは分からないけど。
私は絶望に打ちひしがれながら、ただ『終焉の炎』を眺めることしかできなかった——。




