『リョウカ』の物語 26 —『運命』の分岐点—
魔法国、『運命』の分岐点——。
私は誠司さんの探知範囲である半径五百メートル圏外、『空間跳躍』二回分の距離に待機し、『運命』を見守る——。
「——体内は『身を守る魔法』の対象外なんだよ、ヘクトール。少し、お喋りが過ぎたようだな」
「……バ…………」
誠司さんの刃が、ヘクトールを貫いた。ここだ、ここからだ。
もう間も無く『厄災』サーバトが現れ、『運命』は分岐する——。
私は、時間を飛ぶ能力『あの素晴らしい日を』に目覚めた日から今日まで、今日という『運命への介入』のためにさまざまな方法を考えていた。
『厄災』サーバトに物理攻撃は通用しない。強力な魔法を使える人は各地『魔女狩り』に参戦しているので、助力を仰ぐことはできない。
セレスさんを強引に抱えて『空間跳躍』で連れてくるという考えもあったが——さすがに人を抱えてだと、この時間に間に合いそうにはなかった。
だから、私一人でやるしかない。
とはいえ、いくら私でも四人も抱えて『空間跳躍』はできない。そこに関してはこの世界の『私』頼みだ。
『運命』通りに進むのならば、このあと誠司さんはサーバトの光線に撃たれる。その隙に『空間跳躍』に目覚めた『私』が、ライラを連れて逃げるはずだ。
その一瞬だ。光線に撃たれた誠司さんは、その時点ではまだ『生きている』。
今の私なら、誠司さんとヘザーの二人を抱えていても『光の雨』から逃げきれるはずだ。その段階まできたら、私の正体がバレようがどうでもいい。
この日のために、純度の高い高級回復薬はいくつも用意しておいた。それを使えば、誠司さんは一命を取り留め、あわよくば『私』の足も治療することができるだろう。
そして、無事にこの場さえ逃げきれれば——そう、ジョヴ爺、ルネディ、ハウメアさんやセレスさんなど、サーバトを倒す手段なんていくらでもある。
——チャンスは、一瞬。
私は心を研ぎ澄まし、その時をただ、待つのだった。
†
「——莉奈ぁ、飛べえっ!!」
誠司さんは叫び、駆け出した。いよいよだ。あと数秒で、『運命の分岐点』は訪れる。
サーバトが意識を覚醒させる。顔を上げた彼は、ライラを見た。
『私』がライラを庇おうとする。
(……よし、頼むぞ『私』……!)
だが。
ライラは『私』のことを、
——詠唱を始めながら、突き飛ばした。
「…………えっ…………?」
頭の中が、白くなる。どういうことだ、知らない、こんな『運命』は——。
茫然とした私の意識に映し出されるのは、魔法の障壁を張り、光線からみんなを守るライラの姿。
グリムが駆け出し、サーバトの注意を引いている。
——知らない、知らない、知らない——。
やがて誠司さんの手によって、ヘザーからライラに移される何か。あれはもしかして、『魂』の移動だろうか。
そして一瞬の光に包まれたライラは、伸びをし——
私の知らない魔法で、サーバトを消滅させたのだった——。
†
私は虚ろになりながら、現場の声を聞き取る。
「——グリム。ねえ、あれ、エリスさんでいいんだよね……?」
「——恐らくは。詳しくは聞いてみないと分からないが、誠司も……そしてライラも、『死に戻り』を経験したんだろうね」
私の思考は止まったままだ。何が起きた? どうして『運命』は変わった?
「——私はあなたを実の娘のように思ってる。だからいつでも『お母さん』って呼んでね?」
ライラが『私』を抱きしめる。いや、あれは、エリスさんだ。ようやく私の頭は、理解をし始めた。
私はぼんやりと、『赤い世界』でジョヴ爺が言っていた言葉を思い出す。
——「ああ。彼奴は前に進んでおるぞい。悲痛なまでの決意を心に秘めて、な」
——「そうじゃ、『光を防ぐ魔法』、あれをライラはアルフレードに作ってもらった。ワシが使えるのは、そのついでじゃ」
——「違うぞ、燕よ。ワシもセイジの話は聞いたが、ライラは仇など考えておらん。もっと大きなものを……そうじゃな、『未来』とでも呼ぶべきか、それを彼奴は見ておる」
先ほどグリムの言っていた、ライラの『死に戻り』。私の中で、考えが繋がった。
そっか、あの『赤い世界』でライラは、この未来を掴むために——。
「……頑張ったんだね、ライラ……」
私は、静かに目を閉じる。
「……じゃあ、私のやってきたことって、なんだったんだろうね……」
私は、この未来を掴むために頑張ってきたはずだ。一つの世界を犠牲にして。
だから、この未来が訪れたことは、もちろん嬉しい。
ただ——私はこの世界に、いらなかった。
「……みんな……幸せにね……」
『運命』はもう、どこにも見えない。
私は空虚な思いを胸に抱え、この場から静かに立ち去った——。
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これにて第五章完。次章、第八部最終章「終着点」が始まります。
引き続きよろしくお願いいたします。




