『リョウカ』の物語 24 —動き出す悪意【裏】—
九月——『魔女狩り』という名の戦争が起こり、決定的な『運命の分岐点』が訪れるあの日まで、あと一週間。
ロゴール国やヘクトールの動向を確認し終えた私は、ジョヴ爺との合流地点へと戻ってきた。
「ただいま、ジョヴ爺」
「……リョウカか。どうじゃ、成果は得られたのかのう?」
「まあね。ジョヴ爺、腐毒花の方は?」
「ククッ……もはや全部燃やし尽くし、退屈していたところじゃわい」
先月。『魔女の家』でカルデネと会い、ジョヴ爺の元へと帰ってきた私は、彼に一か月後に起こる『魔女狩り』のことについて伝えた。
そして、私は敵国が『運命』通りに動いているかを確認しに大陸の方まで出向き、ジョヴ爺はそのまま残りの腐毒花を燃やして回っていたというわけだ。
「しかし、ヘクトール……か。あの老いぼれ、まだ生きておったとはのう」
「ジョヴ爺、人のこと言えないでしょ」
「……ククッ、奴と同列に扱うな。ワシはまだまだ長生きするぞい。若い芽を育て上げてみせるまで、ワシは現役じゃ」
「ふふ、そっか。じゃあ、力を貸してもらおっかな」
ジョヴ爺の眉が、ピクリと動く。私は半目で彼を見て、悪戯っぽく笑った。
「いるんだな、ライラ以外にも若い芽が。素質を持ちながらも、まだ目覚めていない若い娘が」
「……ほう?」
ジョヴ爺の口端が上がる。私はからかうように彼に言った。
「あ。若い娘が好きなんだ?」
「……ぬかせ。茶化すようなら手伝わんぞい」
「はは、ごめんごめん。その娘は人間族、『南の魔女』ビオラ。きっとジョヴ爺のお眼鏡にかなう娘だと思うよ」
「ほう、それは楽しみじゃのう」
そう言うジョヴ爺の顔は、楽しそうに歪んでいた。やがて小さく頷いた彼は、私に問いかける。
「それで、リョウカよ。お主はどうするんじゃ」
「……あー、それなんだけどねえ。東のケルワンあるじゃん? あそこに攻めてくる『武人』アキナスって人が相当なもんでね、やっぱり私が行った方がよさそうなんだ」
「……ほう? どれほどのものじゃ?」
あ、ジョヴ爺の目がキラキラ輝きだした。
「えとね。あなたと戦ったノクスさんっていう人いたじゃない? 髭面の。あの人と同じくらい」
「……あのオヤジと同等、か。相当なものを持っておるのう」
そう。アキナスという人は強い。私が行かなければ、『運命』が揺らぎかねないほどには。
「だから私が行ってくるよ。大丈夫、『運命の分岐点』には余裕を持って間に合うから」
「フン。ワシが行ってやろうか?」
「だーめ。ジョヴ爺は若い娘の面倒を見てあげなさい。オヤジの相手は私がするから。そっちの方がいいでしょ?」
「……クックッ。言うようになったのう」
「ふふ。ジョヴ爺、あなたがけしかけたんだよ?」
私は、私らしく。私に、迷いはない。
あと一週間後に控えた『運命の分岐点』。もう少しだ。
私は晴れやかな心で、空のその先を眺め続けた——。
†
「じゃあ、ジョヴ爺。これ」
「……なんじゃ?」
決戦を三日後に控えた日。私はジョヴ爺に地図を渡した。
「アルフさんの場所が書いてある地図だよ。約束したでしょ? 腐毒花を燃やしたら教えてあげるって」
「……『運命の分岐点』を越えたら、じゃなかったかのう。ええのか? 今渡したらワシは協力せずに、アルフレードのところへ向かってしまうかもしれんぞ?」
「ふふ。ジョヴ爺は一度やるって決めたらちゃんとやるでしょ? そこは信用してるよ。それに——」
私は、ジョヴ爺から視線を逸らした。
「——ま、何があるか分からないからね。念の為だよ」
「……リョウカよ」
ジョヴ爺の声が、真剣味を帯びた。私は視線を外したまま、耳を傾ける。
「『運命の分岐点』を越えたら、ここに戻ってこい。アルフレードのところに行くのはその後じゃ。ワシは、待っておるぞ」
「……うん、そうだね。わかった、必ず戻ってくるよ」
私は彼に別れを告げ、空に飛び立った。
いよいよ迫る、あの決定的な『運命の分岐点』。
そこを、絶対に乗り越える。全てはその時のために。
赤いマントが風を孕み、音を立ててはためく。その音を感じながら、私は決戦の空へと進んでいった——。




