『リョウカ』の物語 閑話 —リョウカとジョヴ爺—
「——『火弾の魔法』」
いくつもの火の玉が、腐毒花に向かって降りそそぐ。
燃えて灰になる腐毒花。私は瘴気の届かない崖の上に腰掛け、その様子をぼんやりと眺めていた。
やがてジョヴ爺が、私の元にやってくる。
「ほれ、リョウカ。ここら辺一帯は終わったぞい」
「この暑い中、お疲れー。ジョヴ爺、お水飲む?」
「……ワシは『厄災』、喉の渇きもありゃせん。じゃがまあ、いただこうかのう」
ジョヴ爺は私の差し出した水筒を受け取り、水を喉に流し込んだ。私は目を細めて彼を見つめる。
「ごめんね、ジョヴ爺。手伝えなくて。一人で大変でしょ」
「……フン。アルフレードに会わせてくれるというのなら容易いことじゃ。それにどうやらお主——」
ジョヴ爺は私の目を覗き込み、頬を緩めた。
「——嘘はついておらんようじゃからのう」
「ふふ。当たり前だよ。ま、この後ゴタゴタしちゃうからそれが終わってからになっちゃうけどねえ」
「……『運命の分岐点』、か……あとひと月ちょっとと言っとったかのう」
分岐点の先、『赤い世界』の詳細まではさすがに言っていない。
ただ、彼の信用を勝ち取るために、私の身の上や目的などは言える範囲で彼に伝えてある。
ジョヴ爺はあごひげを撫でながら、どこか遠くを見ていた。私は目を瞑り、彼に返す。
「……うん。その日のために、私は頑張ってきたんだ……」
「そのための『運命』を変えない戦い、か。気が遠くなる話じゃのう」
そう。『運命』を踏み外した瞬間、この世界は『赤い世界』へと進んでしまう。ここまでよくやってこれた。もう一度やれと言われても、やれる自信はない。
『過去を変えてもいい』という条件と、『全く同じ過去を辿らなくてはいけない』という条件では、天と地ほどの差がある。少しの気まぐれで『運命』は分岐してしまうのだから。『運命』に愛されていなければ、とてもここまでは辿り着けなかった。
でも、ここから先、そしてあの決定的な『運命の分岐点』で上手くいく保証なんてない。
もし、失敗したら——。
すっかり黙り込んで考えてしまう私に、ジョヴ爺は深く息を吐き、ポツリと呟いた。
「……『胸を大きくする魔法』」
ピクリ。私の耳が反応する。
「……見事お主が成し遂げた暁には、ワシがその魔法を覚え、お主に使ってやってもいいぞい」
ビクン。私の身体が跳ね上がる。いや、しかし——私はジョヴ爺にその魔法についての制限を伝えた。
「ごめん、ジョヴ爺。気持ちは嬉しいけど……その魔法、制限が掛かっていて他人には使えないみたいなんだ……」
「フン。そんなの制限を外してしまえばええじゃろ」
バリバリバリ。私の身体に、電流が走った。私は痺れた身体を動かし、ジョヴ爺に尋ねてみる。
「……あの、ジョヴ爺様?」
「……な、なんじゃい」
「本当にそんなことが、可能なので?」
「むう。可能か不可能かで言えば、可能ではある」
キタコレ。私の第五の人生、始まるぞコレ。
口をパクパクさせる私を見て、ジョヴ爺は優しい瞳で私を見つめた。
「……じゃから、不安は捨て去れ。お主自身を信じろ。ここまでは上手くやってこれたんじゃろ?」
「……うん。うん、ありがとね、ジョヴ爺。あなたに私のこと打ち明けて、よかったよ」
「……フン」
静かな時間が流れる。照りつける日差しが暑い。時折吹く風が、とても心地よくて——。
私は前髪を掻き上げ、彼に尋ねた。
「……ジョヴ爺、優しいじゃん。でもなんで、私なんかに……」
彼は目を逸らし、答えた。
「……見てられんからのう」
「えっ?」
彼は私の『胸』の方を見て、再び目を逸らした。
「……いや、なんでもないわい」
「き、着痩せするだけだしっ! てか、サラシ巻いてるしっ!」
「……フン、そういうことにしといてやるわい」
「あん? てめえ……言ったな? 今すぐ塵に還してやんよ!」
「……クックッ……ワシとやる気か? ええじゃろう、受けて立つわい!——」
——夏空の下、魔法が、赤い軌跡が乱れ飛ぶ——。
やがて死闘を終えた私は、ジョヴ爺を踏んづけた。
「……ゼェ、ゼェ……これに懲りたら、私の禁足地に土足で踏み込まないよーに!」
「……ククッ……随分と足場が良さそうだったので、ついな」
「まだ言うかあっ!」
私は太刀を抜き、振り上げた。
だが——その私を見て、ジョヴ爺は口角を上げた。
「今のお主は、紛うことなき『白い燕』じゃのう」
「……えっ?」
キョトンとする私に、彼は続けた。
「……重圧は分かる。しかし、そんなに気負っていては上手くいくもんも上手くいかなくなるぞい。それでいい。お主はお主じゃ。それを忘れるな」
私は我に返る。こんなに感情に身を任せ——自分をさらけ出せたのはいつぶりだろう。
そっか。私はまた自分を、見失うところだった。
私は地べたに這いつくばっているジョヴ爺を、起こし上げた。
「ごめんね、ジョヴ爺。そして……ありがとね」
「気にするでない。全てはアルフレードに会うためじゃ。お主が失敗したらその話、無くなってしまうからのう」
——まったく、ツンデレなんだから——。
私は優しい笑みを浮かべ、彼に手を差し出した。
「……じゃあ、ジョヴ爺。私、一週間ほどいなくなるけど……ちゃんとやるんだよ?」
ジョヴ爺は私の手を握り返すことなく、背を向けた。
「任せておけい。ワシの言い出したことじゃ。ちゃんと責任は果たしてやるわい」
そう言って彼は、空へと飛びたった——。
さあ、次はブリクセン国『万年氷穴』。私の介入が必要そうな『運命の分岐点』が、二箇所ほどある。
私は『空間跳躍』し、次の舞台へと向かい始めた。




