『リョウカ』の物語 21 —満天の星々の下【裏】—
私に名前を呼ばれてしまったアルフさんは、険しい表情で近づいてきた。
「……僕のことを知っているとは、君は何者かな」
『失礼、必要なことなのでね。まあ、後で彼や彼女達に聞いてみるといい』
まあ、『厄災』と因果を持つアルフさんなら私の正体を知っておいてもらった方が都合がいい。この人、絶対に勿体ぶって私の正体は言わないだろうし。
息を吐き、渋々納得した様子のアルフさん。そんな彼の足元に、ジョヴェディがにじり寄ってきていた。
「……あなたが……あなたが魔法を作り出せるという、あの、アルフレード卿……」
「……分かった、分かったから、その名を今は呼ばないでくれ……」
ふふ。アルフさん、困ってるなあ。ただね、『運命』はあなたとジョヴェディを引き合わせようとしているんだ。
私は改めて、ジョヴェディに尋ねた。
『どうだい、世界は不思議に満ち溢れているだろう? これでもまだ、君は死にたいと思っているのかい?』
「……ジョヴお爺ちゃん」
ライラも心配そうな顔でジョヴェディを見つめた。
彼は目を瞑り少し思案していたが、やがて口元を緩めてこう言った。
「……フン。貴様のせいで、色々と欲が出てきてしまったではないか……。ひとつ教えてくれ。何故、こうまでしてワシを生かそうとする」
よし、デレた。私は空を見上げ、正直に彼に打ち明けた。
『ここで君が死ぬと、世界は『赤い世界』への道を辿ることになってしまうからね。ただ、それだけさ——』
†
こうして、今回の『運命』は確定した。
——『厄災』ジョヴェディ。世界最高峰の魔術師。
その彼の身柄は、私が預かることになった。
誰からも、異論は出なかった。当然だろう、みんなにとってはまだ、ジョヴェディの本質が見切れていないだろうから。
これから私は、しばらく彼と行動を共にすることになる——。
皆が、滞在先のジル村へと足を向ける。
すっかり再生を終えたジョヴェディは、寂しそうにライラと別れの挨拶をしていた。
やがてみんなの姿が小さくなった頃。彼は息を吐き、未だに残っているマルティに声をかけた。
「すまんかったのう、娘ら。お主らは行かんのか?」
「あら。随分といい顔するようになったじゃない。まるで別人ね」
戦いの最中に肉体を失い、手のひらサイズになってしまったルネディが、マルティの肩の上から意地悪く言った。その彼女を一瞥して、ジョヴェディは鼻を鳴らし言葉を返す——。
私はそのやり取りを眺めながら物思いに耽る。この戦いでルネディとメルは、一時的に肉体を失ってしまった。
でもそれは、次の『運命の分岐点』、万年氷穴へ『私』を導くのに絶対に必要なことなのだ——。
彼女たちとの会話を終えたジョヴェディは、虚空を見つめていた。その視線の先には、星が瞬き始めていた。
ルネディも彼に倣い、空を見上げて別れを告げた。
「じゃあ、私達はそろそろ行くわね」
「……あの者たちの元へか?」
「そうしたいのは山々だけどね。あなたのせいで、腐毒花をまた何とかしなくちゃならないから」
そう、季節はもう真夏とも呼べる時期。今回の騒動で、彼女たちがせっかく凍らせて回った腐毒花も溶けかけているだろう。
そしてそれが、今後のジョヴェディと私のとりあえずの目標になる。
「フン。ならお主らは心配せんでいい。元はワシのまいた種じゃ。ワシが燃やして回ってやる」
ジョヴェディは振り返り、私に声をかけた。
「……リョウカ、と呼んだ方がええかのう。別に構わんじゃろ?」
『それは助かるな。よろしく頼むよ、ジョヴェディ』
「ああ、すまんな。ただ、お願いじゃ。それが終わったら、アルフレードに会わせてくれ」
『はは、勿論さ』
私は心の中で、付け加える。
——『運命の分岐点』を越えた、先になるけどね。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら。私達はリナの所に行くわ。ご機嫌よう、ジョヴ爺」
「じゃあね、ジョヴお爺ちゃん!」
「あっ、それでは、ジョヴお爺さん!」
「……なっ」
その呼ばれ方に困惑して固まってしまうジョヴェディを置いて、彼女たちは『私』たちの帰る村へと向かう。
ジョヴェディはため息をついて、肩を落とした。
私はその彼の肩に、手を置いた。
『じゃあ私達も行こうか、ジョヴ爺』
「……ぐっ、お主まで——!」
そう漏らしながらも、彼の口元は緩んでいた。
『厄災』ジョヴェディ。力を求め、力に溺れた彼の姿はもうない。
満天の星々の下、ジョヴ爺と私は共に歩き出す。
——そう、『赤い世界』を、回避するために——。
私は息苦しい仮面を外した。
「……ふう」
「……リョウカよ、聞かせい。どういうことじゃ? なぜお主が二人おる。本当に、同一人物なのか?」
「……そうだね。ジョヴ爺には嘘言ってもバレちゃうもんね。私ね、未来から来たんだ」
「……フン。詳しく聞かせてもらおうか」
「ふふ。いいよ、しばらく時間はあるからねえ——」
空には輝く星々が、まるで降りそそぐかのように瞬いているのだった——。




