『リョウカ』の物語 20 —禊【裏】—
「次が最後じゃ、ライラ」
「……え?」
——ジョヴェディと『私』たちとの戦いは、最終局面を迎えていた。
エリスさんの忘れ形見である、ライラ。
ジョヴェディが敗北を認めた先。その彼の前に現れたのは——ライラだった。
彼は今、己に対し『禊』を行っている。
ジョヴェディは憧憬の人物であるエリスさんの娘、ライラに『最期』の手ほどきをしているのだ——。
(……間に合って……)
私は全力で、飛び向かう。
思えば、この二時間にも及ぶ『禊』が行われたことにより、私は間に合うのだ。『運命』は全て、連鎖している。
あとは——。
「——『爆ぜる光炎の魔法』」
ジョヴェディの言の葉は、紡がれた。満たされた彼は、ライラへの最後の教えとして自らの存在の消滅を試みたのだ。
(……お願い……!)
大切なのは、祈り。私はもちろん、今この光景を見守っている『私』。この『運命』に愛された二人が心の底から願うことにより、ジョヴェディ生存への道は開かれる。
「ジョヴお爺ちゃーーん!!」
ライラの声が、響き渡る。大丈夫。この時の『私』は、ジョヴェディに情が移っているはずだ。
——こんな終わり方は、あってはならないと。
土煙が、晴れる。鮮明になった意識に映し出されたのは——
「……ジョヴお爺ちゃん! ジョヴお爺ちゃんっ!!」
「……フン。生き残ってしまったか。お主らを巻き込まぬよう、力を抑えたのは失敗じゃったか……」
——四肢がばらばらになりながらも、肉体の消滅を免れたジョヴェディの姿だった。
よかった。まず、一つの『運命の分岐点』は越えた。
さあ、それでも消滅を願う頑固爺、ジョヴェディの懐柔——いよいよ私の出番だ。
†
「……もしここまで計算して生き延びようとしているのなら……キミは私を遥かに凌駕する頭脳の持ち主だよ」
「……フン。そんな訳なかろう。ワシはただ、くたばり損ねただけじゃ……。お主との知恵比べ、なんだかんだで楽しかったぞい。さあ、もう悔いはない。早う殺せ」
「……すまないね、ジョヴェディ。どうやら私達では決断出来ないようだ。今、誠司を呼ぶ。彼の意見を——」
『——それには及ばないよ、グリム。この場は私に預けてくれ』
よし、間に合った。もしここで誠司さんに入れ替わられていたら、私の介入は叶わなかった。
空から突然降ってきた私に、皆は驚いた表情を浮かべている。ごめんね、なりふり構っていられる状況じゃなかったんだ。
私は改めてジョヴェディを見る。うわ、こんなに酷かったっけか。
『——いやあ、これは間に合った……という事でいいのかな?』
「リョウカさん!」
『私』が驚きながら私の名を叫んだ。頑張ったね、『私』。あとは未来を知っている私に任せて。
私の姿を見たライラが、ジョヴェディを優しく寝かせて立ち上がる。
「わ! この前はぶつかってごめんなさいでした。私、ライラって言います、十七歳です!」
私に向かってペコリと頭を下げるライラ。
(……知ってるよ。知っているんだよ。あなたのことは、一日だって忘れたことはない)
だからこそ。
私はライラにかける言葉が見つからない。今の私は、ライラの横を無言で通り過ぎることしかできなかった。
「……え?」
困惑するライラに向かって、私はなんとか声を作り上げ言葉を届ける。
『ライラ、下がっていてくれ』
「……は、はい!」
ごめんね、ライラ。こんなお姉ちゃんで——。
『——『厄災』ジョヴェディの身柄は私が引き受ける。皆、それでいいかな?』
振り返り、私は皆に声を届ける。誰も口を開かない。
そんな中でジョヴェディが、つまらなさそうに口を開いた。
「……お主、ケルワンからここまでどうやって来た」
『どうだい、不思議だろう?』
「……情けをかけるな。早く殺せ。ここで見逃せば、またワシは暴れるぞい」
『未練はないのかい?』
あるはずだ。ライラと出会ってしまった彼には、彼女を教え導きたいという欲が。
「……フン。あるわけなかろう。ワシは満たされた」
『困った爺さんだね』
想像以上に素直じゃないなあ。まあ、既定路線だ。
私はみんなには見えないようにジョヴェディの方を向いてしゃがみ込み、彼にだけ見える様、仮面をとってその顔を晒した。
「……!……お、お主は……なぜ……!」
ジョヴェディなら分かるはずだ。私の目を見れば、私が『私』であるということに。
案の定、彼は驚いていた。私は念の為、鼻に指を当てて仮面を付け直した。
『どうだい、この世は不思議に満ち溢れているだろう? 生きてみようという気になったかな?』
「……いや、ワシは……」
口ごもるジョヴェディ。ああ、くそ、これでデレてくれれば良かったんだけどなあ……。恨むぞ、『運命』。
私はため息をつき、ヘザーにだけ声を届けた。
『やはり、あの手しかないか……ヘザー、お願いがあるんだ——』
そのお願いを聞いたヘザーは、不思議そうな顔をしてバッグへと入り家へと戻っていった。この手だけは使いたくなかったんだけど、やはりあの魔法は『運命』が必要としているのだろう。
そして一分後。ヘザーはカルデネを引き連れ戻ってきた。
『ありがとう、ヘザー。やあ、カルデネ。少し貸してもらっていいかな?』
「え? あ、はい……」
カルデネは状況が把握できていないだろうが、素直に従ってくれたのは何よりだ。
聡明なカルデネのことだ。なぜ私がこの魔法の存在を知っているのか、そして、『男性』に対してトラウマを抱えている彼女がなぜ私と接して恐怖を感じないのか、いろいろ疑問に思っているだろうが——彼女は持ってきた紙束を私に渡してくれた。
「ん? あれって?」
その見覚えのある紙に、『私』は首を傾げている。大丈夫、辱めは二人で受けよう。
『ジョヴェディ、これを見てごらん。そうしたら死のうなんて気、起こらなくなるはずだ』
私はそう言って、紙束をジョヴェディに見えるように広げた。
それを見たジョヴェディの顔色は変わっていき、唇はワナワナと震え始め——彼は叫んだ。
「『胸を大きくする魔法』じゃと!? 何故この様な、限られた者にしか需要のない魔法が存在しておる!?」
「わー、わー、わー!」
『私』が慌てて駆け寄り、私の手から紙束を引ったくった。
「ふざけんなよ、おまえら!!」
フーフーと息を荒くし、私とジョヴェディを睨む『私』。
ごめんね、『白い世界』のためなんだ。『私』の反応に笑いを堪えながら、私はジョヴェディに向き直った。
『どうだい? 君は魔法を探し求めていたんだってね。その為に、このトロア地方に来たんだろう?』
ジョヴェディの経緯は、『赤い世界』で彼から直接聞いた。一年間一緒に暮らしたんだ。その時の私は空虚になっていたとはいえ、そのくらいの会話は交わしていた。
「……そうだったんじゃが……何故、あのような魔法が……」
さあ、仕上げだ。私はこの場にいる、勿体振りのあの人を親指で示して、ジョヴェディに告げた。
『簡単さ。あそこの彼、アルフレードは魔法を作り出せる。君が探し求めていた人物、その人だ』
その瞬間、『運命』が確定した感触が訪れた——。




