『リョウカ』の物語 19 —迫る危機【裏】—
ジョヴェディの分身体は、跡形もなく消え去った。
それを見たサラは、興奮した様子で私の方に駆け寄ってきた。
「すごい、かっこよかったよリョウカ! 今のがジョヴェディだったんだよね?」
私は仮面を外し、サラに答えた。
「……ふう。うん、でもあれ、ジョヴェディの分身体なんだ」
「なるほどー。もう普通に話しても大丈夫なんだね。で、さっきの話だと、燕さんも襲われちゃうの? ていうか、燕さんこの城に来てるの!?」
目を大きく輝かせ、私の方にグイグイと寄ってくるサラ。私は彼女を安心させるように、微笑んだ。
「安心して。強いんだ、この世界の『私』は。それよりサラ、今のうちに伝えたいことがあるんだ」
「ん、なあに?」
私は彼女を椅子に促し、座らせてからこの後の計画を伝えた——。
——「この後、ジョヴェディの対策が話し合われるんだけど……青髪の女性、グリムの提案通りに動けば問題ない」
——「近々、ケルワンをジョヴェディが急襲するんだけど、それは私が何とかする。『姿を溶け込ませる魔法』を対象にした結界を、街全体に張るようにマッケマッケさんに伝えて欲しい」
——「『東の魔女』のセレスさんは、ジョヴェディとの戦いに必要なんだ。彼女にはジョヴェディが急襲することは伏せておいて、心置きなく彼との戦いに向かえるように仕組んでもらいたい」
——「数日後、誠司さんがこの城に訪れる。その時は彼を招き入れ、作戦の内容を全て伝えてあげてね」
やがて全てを聞き終えたサラは、指を一つずつ折りながら私の話を反芻した。私はその一つひとつに、肯定をしながら頷いてみせる。
「……えーと。それで、セレスとセイジのことはこの後の作戦会議では伏せておけばいいんだよね。リョウカ、あなたが来たことは?」
「ふふ。私の正体さえ言わなければ、サラの好きにしていいよ」
「わかった! でも楽しみだなあ。燕さんに会えるのもそうだし、セイジにも久しぶりに会えるみたいだし……あ、そうだ、燕さんにサインもらおっと!」
うっとりとするサラを見ながら、私は頬を緩めて立ち上がった。
「あれ、もういっちゃうの?」
「うん。ちょうど今、『私』がもう一体の分身体を倒したからね。このあとバタバタしちゃうから、私はお暇するよ」
「——ねえ、リョウカ」
呼び止められた私は、彼女の言葉を待つ。
「……リョウカがそこまで未来のことを話すだなんて、ジョヴェディは本当に強いんだね。大丈夫なの?」
私は『赤い世界』でのジョヴェディを思い返し、笑顔を浮かべた。
「そうだね、ジョヴェディは強いよ。魔法はもちろん……人としても、ね」
†
彼は、強い。
間違いなく、『厄災』の中で最強だろう。
ただ、今の時点の彼は、エリスさんへの妄執、そして力に溺れているという大きな隙がある。
私は、『私』とグリム、そして誠司さんという全ての歯車が動き出したのを確認して、ジョヴェディの分身体を迎え討つためにケルワンへと飛ぶのだった——。
†
決戦予定日、前日。
私は明日の戦いに備え、義足のメンテナンスをしていた。
その時、私の意識に、空に浮くジョヴェディの分身体、三体の姿が映し出された。
「……クックックッ。お初にお目にかかる、皆の衆。ワシが『厄災』ジョヴェディじゃ」
えっ、待って。私の背筋を、冷や汗が伝う。
決戦予定日は、明日のはずだ。どこかで『運命』が狂ってしまったのか? もしそうだとしたら、私の辿ってきたこれまでの道が、全て無駄になってしまった可能性がある——。
——いや、落ち着け、私。一日早まった理由、原因。何が、いったい何が——。
「……あ、そっか」
「——では、塵れ」
ジョヴェディが詠唱を始める。パチパチと震え出す大気。
——そして、言の葉は紡が
『——失礼。一日、勘違いしていた。すっかり忘れてたよ』
ジョヴェディが、私の太刀の一振りで縦に両断される。
そうだった。確か事情を知らないセレスさんが先走ったことにより、戦闘は一日早く開始されたんだった。
私は空中で剣を振り下ろした姿勢をとり、落ちるジョヴェディの分身体と共に重力に身を任せる。残された分身体は、忌々しげに吐き捨てた。
「……またもや貴様か。一度ならず二度までも……!」
残りの分身体が落ちていく私に狙いを定め、『光弾の魔法』を詠唱した。
だがそれよりも早く私は『空間跳躍』し——横薙ぎ一閃、あっさりと二体目の分身体を両断した。
「……貴様ぁっ……!」
残された一体の分身体は、急上昇しながら詠唱を開始する。
しかし私は、更にその上空へと降り立った。
信じられないといった表情で私を見上げる彼は、目を見開き、呻き声を上げた。
「……バカ……な」
驚愕したまま動きを止める分身体。その彼に、私は別れを告げた。
『——さようなら、ジョヴェディ。また会おう』
重力を乗せた致命の一撃。両断された三体目のジョヴェディも、落ちながら霧散して消えていった。
時間にして、十秒くらいだろうか。私は息を吐き、懐かしい彼の隣りに降り立った。
屋根の上で構えていた、獣人族のボッズさん。彼は溜めていた力を解除し、呆れた様子で私に語りかけた。
「ふん。前にオレと一緒に戦った時は、まだ実力を隠していたという訳か」
『すまないね、ボッズ。色々と、訳ありなんだ』
「……まあいい。詫びに、オレと手合わせしてもらうぞ」
『……ああ。世界に無事、平和が訪れたらね』
そう言い残して、私は彼の前から姿を消した。
ここから決戦の場所まで、『空間跳躍』を使えば数時間程度。今の私なら、それだけの時間があれば辿り着ける。
最後に、残されたボッズさんの言葉が聞こえてきた。
「まったく……相変わらずつかみ所のないヤツだな」
さあ、『運命』通りに進むのならば、ジョヴェディとライラの戦いの結末に間に合うはずだ。
空腹でお腹が鳴るが、これも日にちを勘違いしていたことに対する、『運命』からの罰なんだろう。
私は携帯食をかじりながら、魔法国南部へと急ぐのだった——。




