『リョウカ』の物語 16 —白い燕の叙事詩【裏】①—
彼女は——『私』は頑張っていた。
クラリスの歌の効果で疲労は軽減されているとはいえ、ここまで集中して飛び回り続けているのだ。精神的な摩耗は計り知れないだろう。
彼女はギリギリを攻め、腐毒花の瘴気スレスレを滑空する。彼女の水筒に入っている『解毒薬』が生命線だ。気持ちはわかるけど、あまり無理はしないように。
『慎重にいけ、莉奈……おっと、コイツは無理だな』
私は力尽きて群れから離れようとする火竜の首を、『空間跳躍』で斬り落とす。
できるだけサポートしてあげなきゃ。火竜の群れの注意を引きつけられるように、私は『空間跳躍』で飛び回って逆鱗を傷つけていく。
彼女も私に負けてはいない。隙を見計らって女王竜の逆鱗を——
——飛来一閃
——傷つけ、その注意を一身に引き受けているのだ。
このように女王竜たちの注意を引きつけながら、彼女と私は大地に広がる腐毒花を焼いて回るのだった——。
あれから数時間。もう深夜近くなるが、『腐毒花焼却作戦』はまだまだ続いていた。
そろそろか。水筒の『解毒薬』を飲み干した『私』は、申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「……ごめん『義足の剣士』さん。解毒薬、無くなっちゃったや」
大丈夫、心配しないで。『解毒薬』は念の為、たくさん用意してきたから。
『莉奈、解毒薬の入った水筒だ。受け取りなさい』
「おわっ!」
私は彼女の目の前に跳躍し、水筒を手渡して重力に身を任せる。
そして次の瞬間、私は女王竜の背中に『空間跳躍』した。彼女は口を尖らせながらも、私に礼を述べた。
「びっくりさせないでよ、もう……でも、ありがとう!」
『気にするな。さあ、そろそろ右方向に旋回、砂の城を目指すぞ』
いよいよ仕上げだ。ここまでは順調、『運命』通りに事は運んでいる。
腐毒花の群生箇所が、トロア地方中央南部でも東寄りなのが幸いだった。
今回の件が全て無事に終われば、人と『厄災』たちが手を取り合うことになり、次のステージへと『運命』が動き出す。
そろそろ次の炎が来る。女王竜が吐き出す『希望への道しるべ』。
彼女は女王竜を誘導し、次の場所へと誘い出すのであった——。
†
——焼き尽くす、焼き尽くす、焼き尽くす
大地を、瘴気を、腐毒花を——。
更にあれから数時間。腐毒花を焼き払いながら、彼女は飛び続けていた。歌の効果で肉体的な疲労は大丈夫そうだが、それでも注意力が落ちているのは側から見て感じ取れていた。
そして、私たちの後を追ってきているクラリス。彼女はもう、半日近く歌い続けている。私にとって懐かしの愛馬、アオカゲの体力も心配だ。二人とも、よくついて来てくれた。
もうすぐだ。あともう少しで、『運命』は確定する。
そして私たちは、この目的の終着点である砂の城があった場所へと到着した。
「な、な、なにアレ!」
『私』が素っ頓狂な声を上げる。そっか、あなたは見るの初めてなんだよね。
『見ての通り、砂の巨像だよ。マルティが作ったんだろうね』
「いやいやいや、大きすぎるでしょ!」
そびえ立つ砂の巨像。その足元には、腐毒花が咲き誇っている。彼女はその巨像の肩に乗る三人の姿を見つけたらしく、笑顔を浮かべながら飛び向かった。
「リナさん!」
「リナちゃん!」
三人とはもちろん、『厄災』のみんなのことだ。彼女たちは『私』との再会を懐かしむ。
「ルネディ! 秘訣!」
「ごきげんよう、リナ……って、いきなり何かしら?」
「今度会ったら教えてくれるって言ったじゃん! 胸が大きくなる秘訣!」
「……あなた、最初に言う言葉がそれ……?」
あー、集中力切れてるな、こりゃ。真面目な場面でもふざけがちな『私』。おい、私まで恥ずかしくなるぞ。
私は苦笑いをしながら、彼女に叱責の声を届けた。
『莉奈。こんな状況でふざけないでくれ』
「……はい、ごめんなさい」
女王竜が迫ってくる。まあ、ここまで頑張ってくれた『私』の役目は終わりだ。ありがとね。あとは私たちに、任せて。
さて、取り巻きの火竜も残すところはあと二頭。ここまで来れば、女王竜の炎だけで問題ないはずだ。
私は彼らの上空に、『空間跳躍』で移動する。
落下しながら、私は太刀を構えた。
外衣が風にはためく。刃が満月を映し出す——。
刹那、二度、煌めく光。
火竜の首が落ちてゆく——。
その光景を見た『私』のつぶやきが、囁かれた。
「……強い。強すぎる。さすがはキラキラ星」
『……そのネーミングセンス、どうにかならないかな』
「……あっ、聞こえちゃってた?」
私はみんなと反対側の肩に降り、太刀を納刀する。さあ、仕上げだ。
『さて、アレはでかすぎる。君たち、力を貸してくれないか』
「ふふ。当たり前じゃない。そのために待っていたんですもの」
ルネディがクスクスと笑い、一歩前に出た。『私』がルネディに心配そうな表情を浮かべながら声を掛ける。
「ねえ、ルネディ。大丈夫なの?」
「あら。せっかくだから、リナも見ていってちょうだい」
そう言いながらルネディが腕を振り上げると、瞬く間に地表は影に覆われ、地面から無数の長い手が生えてきた。
あの時と同じ光景だ。その手はどこまでも伸びてゆき、空中を飛んでいる女王竜を絡め取って——そして、地上へと引きずり落とした。
「ルネディ……あなた、こんなに強かったの?」
「ふふ、リナ。そう言えばあなたには言ってなかったわね——」
満月の下——月下美人は、『私』に向かってドヤ顔で微笑んだ。
「——満月の夜の私は、無敵よ」
そう、満月の夜。これももしかしたら、『運命』の導きなのかもしれない——私は月明かりに映し出される彼女を見て、そんなことを思うのだった。




