『リョウカ』の物語 15 —ケルワン防衛戦【裏】—
——火竜迎撃戦当日。
それまでの四日間、私は『腐毒花焼却作戦』の近場の村を飛び回り、避難勧告を出していた。
三つ星冒険者の言うことだ。村の代表に支援金を渡したこともあり、ほとんどの人たちは納得して避難に応じてくれた。
まあ、そもそも『腐毒花』の密集地の近くに住んでいる人はそんなに多くない。決して村に影響のあるルートを飛ぶわけではないが、『運命』の揺らぎに備えて万全を期しておきたい。
女王竜の存在は伏せ、『そのようなことが起きる』、そのことを周知するために私は飛び回ったのだった——。
†
陽が落ちる。
辺りが薄闇に包み込まれる頃、マルティと打ち合わせをしていた私は立ち上がった。
「そろそろだね。じゃ、マルティ。ルネディとメルが来たらよろしくね」
「……うん。ねえ、リョウカさん。リナさんたちは大丈夫なのかな……?」
この打ち合わせ中も、飛ばした意識でケルワンの様子を見ていた。距離が遠いので一点に集中させて見ていたわけだが、グリムの指揮、そして何より『私』の運命力は相当なものだった。
私はマルティの頭をポンと撫で、彼女に答えた。
「そうだね、なんとか耐え忍んでいるよ。今、この世界の『私』が女王竜を引き剥がして、こっちに向かっている」
「リナさん……。ルネディ、メル、早く来て……」
マルティは指を組み、祈る。大切なのは、私と『私』が皆の無事を心から願うこと。そうすれば『運命』は皆の味方をしてくれ、『白い世界』への道は繋がり続ける。
あとは、ルネディとメル次第なんだけど——。私は意識をケルワンから外し、この周辺へと張り巡らせる——。
————…………
「……見つけた」
「えっ?」
私の意識に、彼女たち二人の姿が引っかかった。ここから少し距離はあるが、周りの景色を観ながら仲良く歩く二人の姿が。
「マルティ。私ちょっと、行ってくる!」
「リョウカさん、時間は!?」
この城に『私』が到達するまで、もうそんなに時間はない。私はマルティに答えることなく、全力で『空間跳躍』するのだった——。
†
「もうすぐかしらね、オッカトルは」
「もう、ルネディ……ここまで方向音痴だとは思わなかったよ……」
「あら。慣れない土地だし腐毒花を避けて通ってきたから、仕方ないわ。ふふ、今夜は月が綺麗ね——」
そのような会話を交わしながら歩く『厄災』二人。東の空に浮かび始めた満月を眺める二人の視界に、その者は突然現れた。
満月を背後に、赤いマントが風にたなびく。
二人の元へと急降下したリョウカは、慌てた様子で捲し立てた。
「ルネディ、メル! 急いでマルティの元へ向かって!」
「えっ、リナちゃん……!?」
「あら、若くない方のリナ。ご機嫌よう」
「もう、いいからそういうの! 早く早く!」
切羽詰まった様子のリョウカを見て、只事ではないと悟る二人。緊張した様子を浮かべる彼女たちに向かって、リョウカは一点を指差した。
「こっちを真っ直ぐ行けば、マルティの『砂の城』があるから! 詳しくはマルティに聞いて。じゃ、よろしく!」
そう言い残して、リョウカの姿は忽然と消え去った。
呆気にとられた二人は顔を見合わせる。
「……今の人って、リナちゃんなんだよね?」
「ふう。ま、詳しくはあとで話すわ。でも、なんだか急いだ方が良さそうね」
「……わかった。ねえ、ルネディ。わたしの背中にしがみついて」
「あら」
メルコレディは強引にルネディの手を取り、自身の背中に回す。彼女の身体に手を回したルネディは、メルコレディに尋ねた。
「で、どうするのかしら?」
「いっくよーっ!」
メルコレディは氷の道を作り、一気に滑り始めた。
——時速にして、100km超。
なんとか振り落とされないようにしがみつくルネディの叫び声だけが、その場に響き残された。
「…………あ〜れぇ〜……」
†
女王竜を引き連れた『私』が、砂の城の上空に差し掛かる。
間に合った。私は『空間跳躍』し、女王竜の背に移動した。
『……ゼェ、ゼェ……——お疲れ様。頑張ったね、莉奈』
「ちょっとお!? どこにいるんですかあ?」
『大声出さなくても、君が声を出してくれれば私の耳には届くよ』
「だからあ! どこにいるんですかあ!?」
『はは。私は今、女王竜の背中に乗っている。視えないかな?』
そう。この戦いを経験して彼女は『意識を飛ばす』能力に目覚めているはずだ。まだまだ使いこなせてはいないだろうけど。
その時、彼女が叫んだ。
「危ないっ!」
うんうん。しっかりと『視え』てはいるみたいだ。私は別の火竜の背へと跳躍した。
『ご心配には及ばないよ『白い燕』。私は見える範囲なら、どこまでも『届く』からね』
ミスリード。彼女には私の『飛ぶ』能力を別の能力に誤認させたい。『届く』能力だと思わせておけば、彼女の前で空は飛べないけど『空間跳躍』は気兼ねなく使うことができる。
「……ふう。なんなんですか、あなたは一体」
『まあまあ。君のリクエスト通り、しばらくは遊覧飛行と洒落込もうじゃないか』
「わかりました、高度を落とします。でも……あっちは大丈夫そうなんですか?」
私は意識をケルワンまで伸ばす。私は当時あの場にいなかったので、史実通りに進んでいるのかはわからないが、皆は無事だ。あとはルネディとメルが到着するまで、耐え凌げるかどうかだが——。
『——正直、厳しいと言わざるを得ないね。だが、あと少しだ』
「……信じますよ?」
私達は空を進む。『私』は暗くなりゆく夜に備え、『灯火の魔法』をさらに身体に貼り付けていた。
そのまばゆい彼女の姿を見た私は、仮面の下、笑みを漏らした。
(……ふふ。それが『白い燕の叙事詩』の、五番になっちゃうんだなこれが。さ、一緒に頑張るよ、『私』!)




