『リョウカ』の物語 13 —砂の城【裏】①—
「……どこから聞けば……とりあえず、この前はありがとうございます。おかげで誠司さん、助けられました」
『そうか。それは良かった』
「……それで、何であなたが私達のことを知っているんですか?」
当たり前だ。私は『私』なのだから。
『マルテディ、椅子を用意してくれないか。この身体だ、立ちっぱなしは疲れるものでね』
「は、はい!」
「うぉい! 色々聞けって言ってましたよねっ? なんで、はぐらかすんですかっ!?」
ふふ。からかい甲斐があるなあ、昔の『私』は。
プンスカと怒っている『私』を見つめ、私は仮面の下で目を細めた。
『落ち着けと言ってるだろう。まあ、言えないことも多いんだ。だけどこれだけは言っておく。私は君達の、そして彼女達の味方だ』
「……教えては……くれないんですね?」
『ああ、少なくとも、今はまだ、ね』
「いつかは教えてくれるんですか?」
ううん。あなたが私にならないために、私は頑張ってるんだよ。
『……そうだねえ。知らずに済むのに越したことはないんだけど……すまないね、これで勘弁してくれないか?』
「……わかりました。納得いきませんけど、今は納得します」
『ありがとう』
マルティが三人分の椅子を作り上げた。私たちはその椅子に腰を下ろす。
「……では次です。なんで私が来ることがわかったんですか?」
その『私』の質問に、私はマルティと顔を見合わせ頷き、打ち合わせ通りに声を響かせた。
『それは簡単だ。この城に向かって飛んでくる君の姿が見えたからね。だから私がマルテディに教えたんだ。『あれが今、巷で有名な白い燕だよー』ってね』
思わず椅子からずり落ちる『私』。
「な、な、何で知っているんですかっ!?」
『ん?『白い燕の叙事詩』は有名だぞ? マルテディにも語って聴かせていたんだ』
「うん! リナさんってすごいんだね! 三番、楽しみ!」
「……ちょ、ちょっと待って下さい。あなた、噂じゃ最強の三つ星冒険者ですよね? なんでこんな一介の冒険者の歌なんかを……」
『いや、何を言っている。君も私と同じ、三つ星冒険者じゃないか』
「名目上だけですってばあ……」
彼女は眉を八の字にして、困り果てた様子を見せていた。ごめんね、私は他の誰よりもあなたのことを知っているんだ。
「では、話を変えます……。まず『義足の剣士』さん。聞いているとは思うけど、あなたがここに居るということは、『渡り火竜』との戦いに力を貸してくれるということでいいんですよね?」
さあ、ここからが本番だ。彼女はまだ、『女王竜』の存在を知らない。
『莉奈、すまない。私は皆とは合流できない』
「……何でですか。あなた、三つ星冒険者ですよね? 今、オッカトルがどのくらい大変なことになっているか——」
彼女は私を睨みつけた。真っ直ぐな『私』。大切な人を守るためならどんな危険なことでもしてしまう『私』。
私は彼女の眩しさに、目を逸らして答えた。
『待ちなさい。合流は出来ないが、手伝うことは約束する。そこで君に、お願いがあるんだ』
「……なんでしょうか?」
彼女は私を睨みながらも、耳を傾けてくれている。じゃあ、いくよ。あなたはその先の考えに、自分で辿り着かないといけない。
『女王竜がやって来る。今回の騒ぎの、全ての元凶だ』
「へ?」
『女王竜がやって来る。今回の騒ぎの——』
「あ、すいません、聞こえてはいます……あの、女王竜って?」
一転、彼女は不思議そうな顔を浮かべた。そう、その存在により『運命』は揺らぎ、そして白い世界への道は開かれる。
『莉奈。「女王蜂」や「女王蟻」の存在は知っているかな?』
「ええ、知っていますけど……って、まさか」
『ああ。今年、女王竜が動き出す。全ての渡り火竜の「母」だ。それが今回の異常事態の正体さ』
『私』は知っているはずだ。漠然ながらも日本で得た知識で、『女王』と呼ばれる昆虫の生態を。群れのリーダー、強大な個体。
「……あのう、その女王竜ってやつがケルワンに襲いかかってくると?」
『その通りだ。そしてヤツは、速い、強い、格好いいと三拍子揃っている。まあ、君たちでは倒せないだろうね』
「……格好いいは関係ないんじゃ……」
あれ?『私』の好きそうなセリフだと思ったんだけどなあ。
『そこで君にお願いだ。その女王竜が来たら、この「砂の城」までおびき寄せて欲しい』
そう言って私は彼女に頭を下げる。その彼女は困惑した様子であたふたし始めた。
「ちょっと待って下さい! おびき寄せるって何でですか!? みんなと一緒に戦えばいいじゃないですか!」
『いや、それは出来ないんだよ莉奈。私でも簡単に倒せない相手だ。奴は強い。それに、奴の吐く火炎は、熱く、広い』
「……それって、街やみんなが危険に晒されるってことですよね」
『その通りだ。もし私と奴が街の近くで戦えば、攻撃の余波で街も君たちも、全滅する』
嘘ではない。
こんな世界があった。
女王竜を街のそばで迎撃しようと無謀な挑戦を試みた結果、灼熱の炎は吐き出され——炎の中で踊る、私の大切な人達。
——そして迎えるのは、赤い世界。
彼女は何度も目を瞬かせながら、私に尋ねた。
「……あなたなら、勝てるんですか?」
大丈夫。『運命』が——あなたがその気になりさえすれば、『白い世界』への道は開かれるんだよ。
私は自信を持って、彼女に告げた。
『——ああ。もし君がここまで奴をおびき寄せてくれたら、私とマルテディが迎え討つ。負けは、ない』




