『リョウカ』の物語 12 —201号室【裏】—
私がマルティと会ってから一週間ほど。
その間に私が何をしていたかというと、砂の城を拠点にして、中央部に群生している『腐毒花』の分布を調べて地図に書き記すという作業をしていた。
この世界の『私』が提案するであろう『腐毒花焼却作戦』。それに備え、先んじて準備を整えておかねば、いくら私の能力があったとしても間に合わないだろう。
私は空を飛び、意識を飛ばし、空間を跳んで調べ上げる。
(……はは、こんなに生えてたんだ……)
当時、『リョウカ』に導かれていただけの私は、そのあまりの膨大さに苦笑いを浮かべる。
(……『リョウカ』も頑張ったし、この世界の『私』も頑張っちゃうんだよなあ。私も、できるだけのことはやらなきゃ)
——そして『私』がケルワンに到着する日。私はその近郊に潜み、彼女たちの様子をうかがうのだった。
†
「——ただ、君の友人……エリスを守ってやれなかったことは申し訳なく思う。さんざんでかい口を叩いといてこれだ。すまなかった」
その言葉に反応し、セレスさんはカップを落として割ってしまった——。
ここは201号室、セレスさんの部屋だ。
今は誠司さんとセレスさんが二人っきりで部屋にいる。ここでセレスさんが睡眠薬入りの紅茶を誠司さんに飲ませ、結果、それが二人の和解の道へと繋がるんだけど——
(……あれ?)
——セレスさんは固まったまま動かない。スプーンで薬を掬ったまま、虚ろな目をしている。
いやいや、ドバーッといっちゃってよ。ここで誠司さんに一服盛らなきゃ、赤い世界へと——。
そうこうしているうちに、彼女はため息をついてスプーンを戻してしまった。
待て、それはまずい。最大の『運命の揺らぎ』である火竜戦、こんなところでつまずくわけには——。
(……ああ、そういうことか)
思い出した。セレスさんの独白という名の、あの公開処刑を。ここも一つの『運命の分岐点』だったんだ。
私は素の部分を出している時のヘザー——エリスさんの口調と声色を真似て、セレスさんに声を届けた。
『——セレス。あの人を、よろしくね』
その声を聞いたセレスさんはハッとなり、ドバドバと紅茶に睡眠薬を入れ始めた。いや、煽っておいてなんだが、容赦ないなセレスさん。
やがて誠司さんは眠りにつき、ライラが現れて——あとは私の知る通りの展開となった。
(……ふう。まったく、気が抜けないんだから……)
どこに『運命』の罠が潜んでいるか、分かったもんじゃない。深夜まで見届けた私は脱力し、マルティのいる砂の城へと戻るのだった。
†
「お帰りなさい、リョウカさん!」
「ただいま、マルティ」
翌日には『私』との接触があるので、マルティには私のことを『リョウカ』と呼ぶようにお願いしていた。
口裏合わせはバッチリ。この一連の火竜戦は、私と『私』が長い時間を共にすることになる最大の山場だ。
「楽しみだなあ、この世界のリナさんに会えるの。早く明日にならないかなあ」
「ふふ、そっか。私は緊張しっぱなしだよ」
私はマルティの頭を撫でる。満面の笑みを浮かべたマルティは、私の手を握ってピョンと跳ねた。
「ねえねえ、私も覚えたよ、『白い燕の叙事詩』! リョウカさん、聴いてくれるかな?」
「うんうん、聴かせて! 今日は疲れたから、子守唄がわりにしていいかな?」
「もっちろん! 待ってて。今、砂のベッド作るね!」
——マルティの子守唄を聴きながら、私は一時の安らぎに身を委ねる——。
そして翌日。『運命』通り、『私』は砂の城を訪ねてきたのだった——。
†
「……ごめんくださあい」
おっかなびっくりといった様子で、『私』が部屋に入ってくる。私は部屋の奥の方、砂の彫刻の後ろに隠れて仮面を装着し、二人のやり取りを眺める。
「——あなたがリナさん?」
「うひゃあ!」
「ご、ごめんなさい。驚かせちゃった……よね?」
「え、え、え、いや……」
なんか尻餅をついているけど、驚きすぎじゃない? でもマルティ、楽しそうだなあ。私は苦笑いを浮かべながら、引き続き見守った。
「もしかして……あなたがマルテディ?」
「うん……そうだよ。あなたがリナさんだね」
「そうだけど……どうして私の名前を……」
「えっとね、あの人に教えてもらったの。あなたが訪れるって……」
「えっ?」
出番だ。私はゆっくりと物陰から歩み出た。私の姿を確認した『私』は、驚愕の表情をその顔に浮かべた。
「『義足の……剣士』さん?」
『やあ、久しぶりだね、莉奈。どうやら大変なことになっているみたいだね』
彼女の頭に、男の声を飛ばす。あの時と同じだ。
「どうしてあなたが……ここにいるんですか?」
『まあ、色々あってね。私のことは気にしないでくれ』
ゆっくり歩む私の前に彼女は割り込み、マルティを庇うように立ちはだかった。
「ごめんね、マルティ……マルテディ。ちょっとこの人とお話させて」
「その呼び方……嬉しい。ルネディやメルに、会ったのね?」
「ぶっ」
軽く体勢を崩す『私』に、私は声を届けた。
『——落ち着きなさい、莉奈。私は彼女の敵ではない。色々聞きたいこともあるだろう。話をしようじゃないか』
さあ、ディスカッションの始まりだ。




