『リョウカ』の物語 11 —夜の砂漠—
空に開いた白い『穴』、そこから降りてくる人影——。
誠司さんがいるので私は近づけない。でも、遠く離れた場所から飛ばした意識に、その青髪の女性はハッキリと映し出されていた。
「……グリム……」
私は赤い世界で彼女から預かったものを確認する。これを彼女に返す時、それが私とグリムの再会の時だ。
——でも今は、まだその時ではない。
「……待っていてね、グリム。私、頑張るから……」
メルがアルフさんの神殿に着き、ルネディと無事再会したことを確認した私は、東の地へと向かうのだった——。
†
——火竜迎撃戦。
私の歩んできた道のりの中で、最大級の『運命』の揺らぎが発生する戦い。
私の介入は、必須だ。しかし介入してもなお、この世界の『私』の運命力に頼る部分が大きい。
私と『私』が協力することで、『運命』を確固たるものにしなくてはならない。
最短距離でオッカトルを目指した私は、目的地、砂漠にそびえ立つ『砂の城』へと到着するのだった。
城内、薄暗い城の内部に、私は『空間跳躍』する。
マルティがいる城の二階には、パッと見誰もいない。
でも——私には視えるんだな。
『——やあ、マルティ。お邪魔するよ』
私は彼女の頭に直接声を飛ばす。玉座を模した砂の椅子の後ろに隠れていた彼女は、怯えた様子で顔を出した。
褐色の肌に艶やかな長い黒髪を後ろで束ね、そしてその黒髪からのぞくのは魔族の耳。アラビア風の衣装がとてもよく似合う娘。ああ、私の記憶の中にあるマルティだ——。
「……誰……ですか?」
私の奇妙な仮面を見た彼女は、ビクッとして顔を引っ込めてしまった。ふふ、少し驚かせちゃったかな?
慣れるためにつけていた仮面を外し、フードを避けてマスクを取り、私は素顔をさらけ出した。
「私は、莉奈。ルネディやメルの……友達だよ」
——『厄災』マルテディ。二十年ほど前に『厄災』として理性を奪われ、復活した今は悲しい罪滅ぼしをしている、臆病だけど優しい娘。
私は彼女に、ルネディに話した程度に身の上を打ち明ける。
最初は怖がっていた彼女だったけど——私の話を聞くうちに、次第と心を開いてくれた。
「そうなんだ! ルネディもメルも、無事なんだ……」
「うん。私はまだメルとは直接会ってないけど、二人とも元気だよ」
涙ぐむマルティ。うん、可愛いぞ。彼女は涙を拭い、私の顔を見つめた。
「それで二人は……今、どこにいるの?」
「今は西の森。だけどね、マルティ。二週間後くらいに、あの二人はここにくるよ」
「……! 二人とも、くるの!?」
「そうだね。でもマルティ、ちょうどその頃、この地は大変なことになる」
「それって……?」
マルティは一気に不安そうな表情を浮かべる。私は彼女に、包み隠さずに告げた。
「——火竜が来る。百頭を超える火竜がね。しかも、女王竜っていうとんでもないヤツも一緒にやってくるんだ」
「……えっ……」
あまりにも現実感のない私の言葉に、彼女は固まってしまった。そりゃそうだろう、観測史上初めての出来事だ。
「ごめん、信じられないよね」
「……ううん。私たちしか知らない私たちのことを、リナさんは知ってた。だから、本当なのかな、って……」
「……マルティ」
「……なら、私のやっていることって無駄なのかな……」
悲しい罪滅ぼし。彼女は今、この地まで侵食してしまった『腐毒花』を抑えるためにこの地を砂漠化している。
私はたまらずに、彼女をそっと抱きしめた。
「……心配しないで、マルティ。私とこの世界の『私』が、きっとなんとかするから」
「……私も……戦いたい……」
「……そうだね。一緒に守ろっか、この国を——」
——この世界を。
しばらく鼻をすすっていたマルティだったけど、やがてその顔に笑顔を浮かべた。
「……ねえ、この世界のリナさんは、どういう人なの?」
「あはは、この世界の『私』ねえ。なんだか歌にもなっちゃってて、割と有名人だよ」
「……歌?」
「うん、『白い燕の叙事詩』っていうんだ」
「聴きたい!」
「ふふ。うん、じゃあ聴いてください。『白い燕の叙事詩』第一番、第二番。あなたは今、歴史の聴衆者になります!」
私はクラリスの口上を真似して、コホンと咳払いをした。パチパチと拍手をするマルティ。
記憶を頼りに、私は『白い燕の叙事詩』を歌い始める——
やがて二番まで聞き終えたマルティは、うっとりとした表情でつぶやいた。
「……リナさん」
「ん?」
「……もう一回……」
「……えぇ……」
仮にも私のことを歌った詩だ。恥ずかしくはあるけど——それでも私を助けてくれた『英雄』マルティのために、私は再び歌い出す。
「……リナさん、もう一回だけ……」
「ふふ。いーよ、何度でも」
夜の砂漠に、私の歌声が響き渡る。
私は『冒険』好きな彼女のために、いつまでもいつまでも歌い続けるのだった——。




