『リョウカ』の物語 閑話 —クロッサの憂鬱—
私はクロッサ。この『冒険者ギルド・サランディア支部』で受付嬢をやっています。
この仕事を始めてから、かれこれ五年。仕事にもすっかり慣れ、今日も冒険者の皆さんのバカ騒ぎを耳に流しながら、業務に勤しんでいるんだけど——
(……ふう。拘束時間が長いのが、ネックなんだよねえ)
ギルド職員は結構なお給料をもらってるから不満はないです。でも、日々の業務に追われて恋する時間もないって大丈夫かな、私?
そんな憂鬱な気分になった時、最近は私物入れの引き出しを開けてアレを眺めることにしています。
そう、この前リョウカさんからプレゼントされた、私のトレードマークでもある大きな丸い眼鏡。
(……リョウカさん、好きな人とかいるのかなあ)
あの憂いを帯びた目。マスクで顔は見えないけど、絶対にイケメンに決まってます。いえ、まあ、顔は置いておくとしても、彼には何かこう、惹きつけられるものがあるんです。
冒険者とギルド職員が結ばれるケースは、あるにはあるんだけど——でも、彼は三つ星冒険者です。こんなただの一介の受付嬢なんて、きっと相手にしてくれないんだろうなあ——
と、そこで。リョウカさんの推しているリナさんが近づいてくる姿が目に入ってきました。なんかこの人、タイミングよく私が受付担当の時に来るんだよねえ。
私は引き出しを閉じて、笑顔を作り上げます。
「いらっしゃいませ、『白い燕』さん。今日はどうされましたか?」
「いえ、私は『ただの一介の冒険者のリナ』です。ええと、クエストの納品に来たんですが……」
「あ、はい。ではお預かりしますね——」
私はリナさんから受け取った納品物を預かり、照合を始めます。うん、二年間未達成だった『トキノツルベ』もちゃんとある。リョウカさんの言う通り、やっぱりすごい人なんだろうなあ。
状態を確認した私は、別の職員にクエスト達成状況を耳打ちしました。剥がされるクエスト依頼書。周りの冒険者が騒めく中、私はリナさんに笑いかけました。
「はい、どれもこれも状態が良いですし、満額で問題ありませんね。ありがとうございます。報酬金を振り込みますので——」
私は彼女に説明をしながら考えます。リョウカさんが言っていた『周りを黙らせる成果』。それってこの『トキノツルベ』のことでしょうか?
いや、確かにすごいけど、一目置かれこそすれ、黙らせるってほどじゃ——
「——はい、それでは皆さん、ギルドカードを出して下さい。ついでに倒した魔物の精算も行いますが……よろしいでしょうか?」
「あ、はい。お願いします」
私は差し出されたギルドカードを、順番に処理していきます。
そしてそれは、リナさんのカードをかざした時でした——。
「……ヴァ、ヴァ、ヴァ…………」
私は口をパクパクさせます。いえ、これは本当に驚きました。なるほど、これは確かに周りを黙らせるレベルの成果でしょう。
ただ、何かを察したであろうリナさんが、私の口を塞ぎました。
「……あの……落ち着いてね、クロッサさん。大声出さないで下さいね?」
彼女の言葉に、私は頷きます。リナさんの手を優しくつかんで口から離し、深呼吸をして——そんな私の様子を見たリナさんは、安堵した表情を浮かべました。よし、今です。
「——ヴァナルガンドを討伐したですってえ〜〜っ!?!?」
ギルド中に私の声が響きます。多分、過去一の声が出せたんじゃないかな?
リナさんは再び私の口を塞ごうと手を伸ばしますが、私と彼女はカウンター越し。少し身体をのけ反らせれば届くことはありません。
リナさんは泣きそうな声で叫びました。
「違うんです、倒してないです、倒してないですってばっ!」
「けど……討伐……少なくとも致命傷に近い傷を負わせなければ、記録はされませんが……」
ごめんね、リナさん。でも、あなたは誰も成し遂げていないような、そんな成果を上げたんだよ?
——その後は、長年活動記録が確認されていなかった三つ星冒険者のセイジさんが登場したり、ギルド長が出てきてギルド長室に行ったりと大変でした。
でも——結局、私が叫んだことがきっかけでヴァナルガンド討伐は皆の知るところになってしまったので、リナさんは渋々ながらも三つ星冒険者を引き受けることになったのです——。
私は真新しいギルドカードを見て、微笑みました。
(……リョウカさん。あなたの推しのリナさんが、三つ星冒険者になりましたよ)
私は彼女のギルドカードの星の部分を指で軽くなぞって、最後にとびきりの大声を出しました。
「新しく三つ星冒険者になられたリナさ〜ん。カードの用意が出来ましたよ〜!」
————…………。
最速で三つ星になったリョウカさん。その彼の記録を大幅に塗り替えてしまったリナさん。
将来『英雄』になるとリョウカさんが予言した、普通の女の子にしか見えないリナさん。その彼女を見送った私は、割れてしまった眼鏡を取り替え、背もたれに背を預け天井を眺めました。
私は正しいことをしたのかな? これが原因で、もし彼女が危ない目にあったとしたら——
「……これでよかったのかな。ごめんね、リナさん」
そっと彼女に謝罪をする私の声は、喧騒にかき消されていくのでした。




