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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第八部 第五章
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『リョウカ』の物語 10 —冒険者莉奈の苦悩【裏】—





 今、私は、離れた場所から意識を飛ばして『私』が冒険者登録をする様子を見守っている。


 私のお願いを聞いてくれたクロッサさんは大仰な身振りで声を上げていた。困惑している『私』。ふふ、あの時のまんまだ。


 こうして無事に彼女が『トキノツルベの採取』のクエストを受注したのを見届け、私はクロッサさんにお礼を言うために『空間跳躍』するのだった——。







『——久しぶりだね。こっちだ。君から見て左の路地にいる』



 私は彼女に声を飛ばし、いくつかの木箱が放置された薄暗い裏路地へと誘い込む。


 困惑した表情で辺りをうかがっていたクロッサさんだったが、やがて私の元へとやってきた。


「お久しぶりです、リョウカさん」


 そう言いながら彼女は私に向かって深々とお辞儀をした。それを私は手で制す。


『休憩の所、邪魔して悪いね。お願い事を聞いてくれてありがとう。見ていたよ』


「……いたのですか、あの場に」


 あの場にいたわけじゃない。私は肯定も否定もせずに、続ける。


『指紋認証……結構無茶なお願いだったと思うけど、大丈夫だったかな』


「はい。かなりのレアケースですが、その時のマニュアルもあるので。ただ——」


 彼女はふうと息を吐いて、続けた。


「——驚きましたよ。本当にリョウカさんの言う通り、あなたと同じ魔力の波長を持つ者が現れるなんて。しかもそれが、このサランディアを救った時の人だったとは……」


『はは、言っただろう? 彼女こそが将来の『英雄』だと』


 私の言葉に、彼女は苦笑いを浮かべた。


「彼女……リナさんが『英雄』になる存在なんですね。でも、大丈夫でしょうか。リョウカさんに言われた通りに大声を出しておきましたが、それで彼女、絡まれちゃって……」


『ああ、あれは大変だったね。でも、大丈夫さ。次に来る時、彼女は周りをも黙らせる、そんな成果を持ってくるはずさ』


「……それって?」


 不思議そうな顔をするクロッサさんに、私はマスクの下微笑んだ。


『きっと、ギルド長サイモンさんも認めざるを得ない、そんな成果をね。クロッサさん、その時も彼女のバックアップ、よろしく頼むよ』


「……わかりました。まあ私も、彼女が本当に『英雄』になるのか楽しみですし……って、また大声出さなきゃいけないんですか?」


『はは、もちろんだ。さっきのは完璧だったよ』


 膨れっ面になり、私を上目遣いで睨むクロッサさん。私は肩を揺らし、彼女に別れを告げた。


『それでは、私のことは口外しないように頼むよ。では、元気で』


「はい。これからも冒険者ギルドをよろしくお願いします」


 会った時と同様に丁寧なお辞儀をして、クロッサさんは通りに引き返していく。


 彼女がふと、こちらを振り返ったが——その時にはもう、私は『空間跳躍』で移動していたのだった。







 私は離れたところから見守る。『私』のことを——。



 彼女は『トキノツルベ』を採取しに、アルフさんの神殿に訪れる。よし、ルネディはちゃんとアルフさんのところに来ており、今は彼と軽口を叩き合っている。


 まず、レザリアとニーゼがアルフさんの元へ向かい——待て、『命を宿す魔法』なんて随分と物騒な魔法もらってんな、おい。


 やがてアルフさんに呼ばれ、彼の元へと訪れる『私』。ルネディとの邂逅。あの時の通りに事は進んでいる。


 そして——。


 最重要魔法『胸を大きくする魔法』。これから先、数多の危機を回避し『私』を白い世界に繋がる道へと歩ませる道しるべ。これが無ければ世界が滅びの道を歩むというのは、なんとも皮肉な話だ。


 論点のすり替え、カルデネとアルフさんの接点、ジョヴェディとの交渉、そして、カルデネを魔女の家に繋ぎ止めるための最終兵器——この魔法の果たす役割は大きい。惜しむらくは、魔法自体が使われることがないということだが。



 私は見守る、『私』のことを——。



 彼女は彼女の持つ運命力で、見事にヴァナルガンドさんを降参させた。ここは介入しようにも誠司さんがそばにいて難しい局面だったので、私はホッと胸を撫で下ろす。



 私は見守り続ける、『私』のことを——。



 ヴァナルガンドさんを倒したことにより、『私』は無事に三つ星冒険者へと昇格した。突然の昇格にあたふたしている『私』。ふふ、懐かしいなあ。でもね、ここでならないと世界は滅びの道を歩んじゃうんだ。観念してね、『私』。


 そして『私』たちは、その足でスドラートへと向かう。『南の魔女』、ビオラとの邂逅だ。


 ビオラの毒々しい料理が『私』たちに振る舞われる。そういえばビオラ、この時をきっかけに料理に目覚めたんだっけ。いつか成長した彼女の料理、食べてみたいなあ。


 誠司さんは太刀を手に取って、『料理を口にしない』ままライラへと入れ替わる。よし、『私』がこの後生き延びるための、第一段階が完了した。『運命』は軌道に乗っている。



 その翌日、海辺。いよいよ大きな『運命の分岐点』だ。


 私に介入できる余地は、ほとんどない。『運命』の揺らぎが大きい場所でもある。しかしここを乗り越えなくては、世界は赤い世界へと真っ直ぐに向かっていってしまう。否が応でも緊張してくる。


 懐かしい姿、メル。最後まで私を守ろうとしてくれたメル。私は飛び出していきたい気持ちをなんとか抑え込み——ただジッと、『運命』の行く末を見守る。


 現れた誠司さん。倒される海竜。そして誠司さんはメルに向かって駆けていき、その刀を振り下ろした。さあ、いよいよ『私』と誠司さんの対決の時だ。


 互いの主張をぶつけ合い、斬り結ぶ『私』と誠司さん。私はただ、状況を見守る。


 その時、気づいた。『私』の指示を受けたビオラが、離れた場所で肩を落としていることに。その杖を持つ手は、震えている。


「……できるかしら、アタシに……」


 そうだ。この時の私は知らなかった。通常、魔法の威力はそこまで繊細なコントロールはできないということを。そして、ビオラはそれを可能にする資質を持っているということも。


 私は目を細め、ささやかな介入を決意した。


『——ビオラ、大丈夫。あなたならできるよ』


「……お姉様!」


 声が届いた彼女は、目をパチクリさせながら戦っている『私』の方を見据える。やがて彼女は大きく頷き、脱力した様子で魔法の詠唱を開始した。



「——『いてつくこーりのまほー』」



 ——ヒンヤリする、ヒンヤリする、この周辺一帯の空気が——


 魔法に想いを込める天才、ビオラ。彼女はたとえ最上級魔法だろうが、その威力を生活魔法レベルの威力に抑えて放つことができる。異常な才覚。


「——『いてつくこーりのまほー』」


 場の空気は、緩やかに下がっていく。やがて白い息が輝き始める。氷点下。これで食事を抜いた誠司さんの体力は決定的に奪われ、そして——



「……なんで……どうして、莉奈……」



 ——誠司さんが愕然とする。『私』の肩口に深々と入り込んだ彼の刃。


 だが——ビオラの魔法によって下げられた気温によって()()血管は収縮し、それによりメルの応急手当、そしてレザリアの回復魔法が間に合うはずだ。



 私は見守る、『運命の分岐点』を。



 結果——『私』は意識を手放すことはなく、『白い世界』へと繋がる道に踏みとどまった。



「……ふう」


 安堵の息を漏らした私は、この場を立ち去る。



 安心している暇はない。次はいよいよ『運命』が最大の揺らぎを見せる、『火竜迎撃戦』が始まるのだから。



 ——見てなさい、『運命』。必ず乗り越えてやるんだから。





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