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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第八部 第五章
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『リョウカ』の物語 09 —仮面—






「いらっしゃい、リョウカ! もう、あんまり遅いから不敬罪にするところだったよー」


 ここはサラの部屋。公務も終わり部屋で落ち着いているタイミングを見計らって訪れたのだが——私の姿を見るなり、彼女は駆け寄ってきて口を尖らせるのだった。


『……はは。すまないね、毎度突然お邪魔して。サランディアに戻ってきたのはあの時以来なんだ』


「ふーん。でもリョウカ、不思議な力使えるんだね。この前も突然現れて消えちゃったし。まあ、座って!」


 普通に考えれば王の部屋に侵入なんて大問題になりそうなものだが、彼女はそんなことを気にする素振りも見せず、むしろこの状況を楽しんでいるかのようだった。よほど退屈しているのかもしれない。


 サラは笑顔で私に椅子を促し、いそいそと魔道具で湯を沸かし始めた。


「それで、今日は? 私の話し相手になってくれるの?」


『そうだね、この前約束したからね。君さえよければ、だけど』


「嬉しいなあ。私ってあまり外に出られないじゃない? いろいろな人とお話ししたいんだけどねえ」


 今日、サラの部屋に訪れたのは、ひとえに彼女との親睦を深めるためだ。



 ——「リョウカはね、たまに私の部屋に来て話し相手になってくれるの。あ、私が許可してるから別に不敬じゃないよ? それで、今日も遊びに来てて、燕さんの話で盛り上がってたんだー」——



 数ヶ月後に繰り広げられるジョヴェディ戦。その時にサラはそう言っていた。その来たるべき時に備え、『リョウカ』はサラと仲良くならなければならない。


 さて、どう切り出そうか、とボンヤリ考える私の前に、サラはお茶を淹れて差し出した。


「はい、どーぞ。今、お茶菓子も用意するねー」


『すまないね、サラ。王にそんなことさせて。ありがたくちょうだい……する……よ?』


 待て。待て待て待て。お茶が出るなんて聞いていない。サラの人間性だ、王の立場でありながら自分でお茶くらい淹れてしまうのは実に彼女らしいが——この仮面で、どうやって飲めと?


 しかし、この状況で断われるほど私の『不敬』の倫理観は壊れてはいない。まさかここも、『運命の分岐点』の一つなのか?


 私がお茶に手を伸ばそうとして引っ込めたところで、サラは不思議そうな顔で尋ねてきた。


「仮面、外さないの?」


 きた。そりゃそうだ。そもそも不法侵入、タメ口、王にお茶を淹れさせるだけでも大概なのに、さらに仮面をつけっぱなしだなんて不敬の数え役満だ。


『……そうだね。あまり人にお見せできる顔では——』


「あれ? でもリョウカ、普段は仮面つけないで活動しているんでしょう?」


『……なんで』


「だって取り寄せた資料に書いてなかったもん。仮面のことは、何も」


 くっ、そんなことをしていたのか。そうだ、確かに彼女は火竜戦の時も、よその国で起こったことにもかかわらず、戦闘参加者全員に目を通していた——。


 ——彼女は、情報収集を、怠らない。


 サラはいよいよ、半目になって私のことを見据えた。



「ねえ、リョウカ。あなたは、不敬? 尊敬? どっち?」



『……私は……』


 沈黙するか、逃走するか。もしここでサラの機嫌を損ねたら、私が無断で王の部屋に入り込んだことが公になり、今後の活動に影響が出るだろう。



 ——そして迎えるのは、赤い世界。



 私は震える手で仮面に手を伸ばす。何が正しい道なのか、わからない。もしかしたら最悪、最初からやり直す必要が——いや、『あの素晴らしい日を(フライト)』の『()()』を考えると、それも——。



 テーブルの上に、仮面は置かれる。私はフードを後ろに下げ、マスクを外した。私の顔が露わになる。


 その私の顔を見たサラは、目を丸くした。


「……リョウカ、女だったんだ……」


「……うん。そして、本当は喋れるんだ」


 やってしまった。私の正体バレ。


 そして迎えるのは——


「へえ、とっても綺麗! ねえねえ、なんで男のフリしてたの!?」


 サラはキラキラした目で私を見つめる。その様子を見た私は、乾いた笑みを顔に貼り付け、この際彼女にはある程度打ち明けてみることに決めた。


「……信じてもらえないかもだけど……実はね、この世界にはもう一人『私』がいるんだ。それで、正体を隠す必要があって……」


「そうなの!? ねえ、そのもう一人の『私』ってどこにいるの!?」


 彼女はパンと手を合わせて身を乗り出してくる。私は乾き切った喉を紅茶で潤した。


「……うん。この前ルネディが現れた時に戦っていた空を飛ぶ女性、それがこの世界の『私』なんだ」


「へえ、あのノクスが話していた! 兵士さんたちが『白い燕』だって噂している、あの!」


 ズル。軽く体勢を崩した私は持ち直す。そうだ、既にこの時点で『私』はこの国では時の人になっているんだった。サラが知っていてもおかしくはない。


「……それで、いつかあなたの前にこの世界の『私』が現れるかもしれない。だから記憶力のいいあなたの前で、仮面をつけていたんだ」


「そっか。そのもう一人の『私』に、リョウカの正体バレたくないんだね?」


「……うん……って、サラ。今の話、信じるの?」


 その問いを受け、サラはコロコロと笑った。


「当たり前じゃん! リョウカ、私が記憶力がいいの知ってるし、それに——」


 彼女は楽しそうに笑って私の手を取る。


「——あなた、最初から私に『不敬』じゃなかったもん。こっちが頼む前から私のこと『サラ』って呼んでくれたし。ねえ、もしかしてリョウカ、どっかで私と会ったの?」


 鋭い。彼女の言う『不敬』とは、よそよそしく接することだ。例えば、敬語を使ったり。


 この時点で私は観念した。彼女に隠し事は通用しない。さすがは王の資質を持つ者、記憶力がいいだけの人じゃなかった。


「……そうなんだ。詳しくは言えないけど、少し先の未来からきたんだ。『運命』を、変えないために」


「すごい! 変えないってどういうこと? よく分からないけど、普通は変えるために来ると思うんだけど」


「……そうだね。あまり未来のことは話せないけど、サラになら少しだけ——」



 気がつけば、時間を忘れ話し合っていた。未来のことについてはあまり深入りされることはなく、冒険者としての生き方、他の街の情報、観光名所など、ともすれば普通の友達同士がするような話題で私たちは盛り上がった。



 そしてお茶菓子も無くなる頃、私は立ち上がる。


「じゃあ、今日はそろそろいくね」


「うん、ありがと! 楽しかったなあ。それに、この世界のあなた……燕さんに会う楽しみもできたし」


「あの、サラ……できれば私のことは内緒に……」


 私の願いを聞いたサラは、口元を押さえて笑った。


「リョウカ。私はね、たとえ口止めされていても私が必要だと判断したら言うようにしている、なんでだと思う?」


 首を傾げる私に、彼女は手を差し出した。


「それはね、本当に隠したいことを隠し通すため。安心して、あなたのことは、絶対に話さない」


 真剣に語る彼女の目を見て——私はたまらなくなり、彼女のことを抱きしめてしまった。サラは少し驚いたようだったが、私のことを抱きしめ返してくれた。


「……ありがとね、サラ。急に抱きつくなんて、不敬だったかな?」


「ふふ。今まで会ったどの人より、リョウカは私のことを敬愛している、そう感じたよ——」



 ——結論から言うと、サラは私の正体を決してバラすことはなかった。


 自称『何も出来ない王』、サラ。その彼女こそ、仮面を被っているのだと気付かされた。




 こうしてサラとは『茶飲み友達』になってしまったが、この件を越えても『白い世界』への道が閉ざされることはなかったのだ——。




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