『リョウカ』の物語 08 —笑顔—
「ふふ、失礼。でも、どういうことかしら? あなたがあのリナと一緒って……私にはせいぜい、よく似た姉だとしか思えないのだけれど」
ルネディは警戒しながらも、私と対話をしようとしてくれる。ありがたい。私は少しだけ距離を置いて彼女の隣に座り、会話を続けた。
「……まあ、ね。この世界の『私』……あなたとこの前戦った莉奈とはちょっと違うんだ。私ね、未来からきたんだ」
「……未来から? そんな魔法、あったかしら」
彼女は説明を聞き、首を傾げながら私の顔を覗き込む。私は彼女に少しだけ顔を向け、苦笑いをした。
「魔法、じゃないんだ。まあ……不思議な力で、って感じ。あまり詳しくは話せないんだけど……『歴史が私を必要としている』、からかな」
「……ふうん。信じられないけど……ま、もしその話が本当なら、あなたがあの娘よりも老けていることに説明はつくわね」
くっ、煽りよる。ルネディらしいなあ。
「……あの、あなた。『私』が『乳デカ女』って煽ったこと、根に持ってるんでしょ……」
ジト目で返す私の言葉を聞き、ルネディは少し目を丸くした。私は悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼女を見つめる。
「他には……確か娘であることを誠司さんが否定して、『私』が慌ててたじゃない。あなたそれ、面白がって見てたよね?」
「……ふうん。その話、リナ本人から聞いた、とかかしら?」
疑り深いなあ。まあ無理もない、今は私が『私』であることを証明するよりも、私自身を知ってもらうことの方が重要だ。
「メルは氷の『厄災』、マルティは砂。あなた達は魔法国の……ヘクトールの実験により、『厄災』化させられた」
ルネディの表情が一瞬にして強張る。
「どこで知ったのかしら?」
「ルネディ。あなたは実験施設の子で、本当の名前がないんだよね。私ね、聞いたんだ——」
私は深く息を吐き、続けた。
「——メルから、直接ね」
その名前を聞いた彼女は、身体を震わせる。彼女は喉を鳴らし、私の方に震える手を向けた。
「……メル……もしかして、会ったのかしら……?」
「……ごめん。この世界ではまだ会っていない。綺麗な薄い青髪の、とても優しい娘。私は彼女に、何度も助けられた」
私の脳裏に、寂しそうな笑顔を浮かべながら落ちていくメルの姿が蘇る。優しすぎる『厄災』。最期まで彼女は、私や世話をしていた子供たちの心配をしていた。
ルネディは手を下ろし、目を伏せる。そして大袈裟にため息をつき、肩をすくめた。
「……信じられないけど、信じるわ。あなたが本当に未来から来たのかもしれないということを。それで、私に何のご用かしら?」
よかった、とりあえずは信じてもらえて。なら、私は——
——溜まっていた想いを、吐き出した。
「……ルネディーーッ! 会いたかったよぉーー!」
私は『空間跳躍』で飛び、彼女を思いっきり抱きしめる。ルネディは慌てた様子で影に潜って抜け出し、別の場所に現れた。
「と、と、突然、な、何かしら!?」
「……ルネディーーッ!!」
「……は、離しなさぁい!」
——こうしてしばらく、私とルネディの鬼ごっこは続いたのだった。
†
落ち着いた私は、ポツリポツリと会話を重ねる。未来のことはあまり言えない。ただ、ルネディやメルやマルティのこと、私が彼女たちにどれだけ助けられ感謝しているのかを、未来で起こることは伏せて話した。
「——マルティはね、仲間を守る立派な『冒険者』だったよ。臆病だったけど、仲間を守ろうとする時のあの娘は、本当に勇敢だった」
「——メルはね、いつもお菓子を隠し持ってた。私や子供たちのためにって……。本当に、優しい娘だった」
やがて一通り私の話を聞き終えた彼女は、頬を抑えて息をついた。
「……本当なのね、あなたが未来から来たというのは」
「……うん。他の人には内緒にしといてね」
「それは構わないけど……その様子だと、私たちと随分仲良くやっていたみたいね」
「まあ、ね。あなた達がいなかったら、私は今、ここにいなかったんだ」
どこまで信じてもらえたのかは分からない。けど重要なのは、今の私と仲良くなることではなく、この世界の『私』と仲良くなる布石を打つことだ。
「——それで、目的は? 懐かしい顔を見に、あなたを知らない私のところにわざわざ来たというわけ?」
「ねえ、ルネディ——」
私は真っ直ぐにルネディを見つめた。
「ここで待っていても誰も来ない。だから、ここに行きなさい。絶対に必要なことだから」
私は荷物から、印をつけた『西の森』の地図を取り出した。それを受け取ったルネディは、訝しんだ様子で私に尋ねる。
「罠、かしら?」
「もう、疑り深いなあ! まあここで待っていれば、あなたの会いたい人に会えるかもよ」
「それって……!」
彼女の目が輝く。やはりルネディは、メルやマルティのことを何よりも大事に想う、優しい怒りん坊さんだ。
「ふふ、想像通りかもね。いい? 結界が張られているから、ちゃんと地図通りに進むこと。そこに住んでる人がいるけど、あなた達の背景を知っている味方だ。生活や話し相手には困らないと思うよ」
「……ふうん。そこで待っていればいいわけ?」
「うん。まあ途中でこの世界の『私』が来るかもだけど……対応はあなたに任せる。好きになさい」
「……そ。私、意地悪しちゃうかもしれないわよ?」
口元を緩めるルネディに、私は悪戯っぽく笑って返す。
「受けて立つよ。強いんだ、昔の『私』は」
「ふふ。ま、考えとくわ」
こうして私は、ルネディの元を去った。これで彼女は、妖精王アルフレードさんの神殿に向かうはずだ。
——「……涙は……あなたには……似合わない……笑顔の……私の好きだった……あの時の……あなたに……」——
ねえ、ルネディ。私は笑えていたかな?
私は次の目的を果たすために、サランディアへと戻るのだった——。
章途中ですが、第八部完結まで毎日投稿いたします。




