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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第八部 第五章
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『リョウカ』の物語 07 —道標【裏】—






「……ぷはぁっ!」


 サラの部屋を去った私は、街を囲む城壁の上に降り立ち、息苦しい仮面を外す。この暗闇の中、口元を覆うマスクだけ付けていれば、私の正体には気づかれないはずだ。


 私は顔を隠すように前髪を目に掛けながら、意識を飛ばして状況を確認する。


 誠司さんは私の知識通り、街の外の北西でルネディとの戦闘を繰り広げていた。私のいる場所からは五百メートル以上離れている。誠司さんのスキルの探知範囲外だ。


 そしてこの世界の『私』は——今まさに、西の門の兵士詰め所から飛び立とうとしているところだった。


 私は手早く、言の葉を紡ぐ。


「——『灯火の魔法』」


 私の手に、明かりが灯る。準備を終えた私は、『私』の動きに集中するのだった——。




 宙に浮く『私』が、焦った様子で辺りを見回している。


 私は彼女に、声を飛ばした。


『——私の声が届くかな。君と、少し話がしたい。降りてきてくれるかな』


 彼女は慌てた様子でキョロキョロしている。さあ、ついに『私』との接触をする時だ。


 私は『灯火の魔法』を、チカチカと点滅させた。


 彼女は警戒した様子で、私の方へと向かってきた。そして私から少し距離を開けて降り立ったのを確認し、私は魔法の明かりを消した。


『ありがとう』


 再び、彼女の頭に声を飛ばす。


 彼女は訝しんだ表情で私のことを観察し、やがて口を開いた。


「……あなた、誰?」


『私は、周りからは『義足の剣士』と呼ばれている者だ。一部の者には知られているから、後で誰かに聞いてみるといい。そして、私は声が出せなくてね。このような形でしか話せないんだ、申し訳ない』


 彼女は警戒を緩めず、私の観察を続けている。うん、いいぞ。油断をするのがあなたの——私の悪いクセ。『運命』に牙を剥かれないよう、常に警戒は怠らないように。


「……それ、魔法じゃないよね」


『この能力に関しては……今は気にしないで貰いたい。それより、急いでいるんだろ?』


 私はあの時の『リョウカ』の言葉をなぞる。不思議なもので、特に意識しなくても自然と言葉が出てきた。


「うん、そうなの。それで、用件は何?」


 彼女の問いに、私は北西の方角を真っ直ぐに指差した。


『この先を真っ直ぐ進みなさい。ゆっくりと、目を凝らして、見逃さないように。いずれ、戦っている光が見えてくるはずだから』


 彼女は驚愕した表情を見せた。でも、大丈夫。誠司さんのことで頭がいっぱいの『私』は、私の言葉を信じるしかない。


『私の用件は、以上だ。それだけ伝えたかった』


「……ありがと。行ってみる」


 彼女はそう言い残し、私が指差した一点に向かい飛び立った。


 よし、上手くいった。ここは私が介入するべき『運命の分岐点』。不安定な運命の揺らぎを、私の介入で確定させる。


 最後に私は、『私』に声を届けた。


『——彼を……誠司を、よろしく頼む』


 彼女が振り返る。しかしその時にはもう、私は彼女の前から姿を消したのだった——。







 私は戦いの一部始終を見守る。


 結論から言うと——『運命』は私の、そして『私』の味方をしてくれた。


 誠司さんの危機にギリギリ間に合った『私』。念の為に介入の準備もしていたが、あとは私の知る通りの結末となった。


「……ふう」


 私は半月を眺めながら息を吐く。今回の『運命』は確定した。あとは誠司さんが戻ってくる前に、遠くに退避するだけだ。


 でも——私は今回の誠司さんと『私』の敵であった、『厄災』——彼女の姿を思い返す。


「……よかった、ルネディ。また、会えるんだね……」


 月を眺める私の目から、自然と涙がこぼれ落ちる。『赤い世界』で私のことを庇って消滅してしまったルネディ。



 ——彼女は、この世界で生きている——。



 私は元の世界で、アルフさんのところに現れた彼女との会話を思い返す。



 ——「だったら結界は? この場所を知らなければ、たどり着けないはずだよね?」


 ——「それは簡単よ。この場所を教えて貰ったの。とある人物に」——



 今ならわかる。彼女の言っていた『ある人物』、それは私だ。次の『運命の分岐点』は、私と彼女の接触だ。


「……待っていてね、ルネディ」


 彼女が再生を終えるまで、おそらくは数週間。


 私は彼女との再会を楽しみに、サランディアを後にするのだった。







 数週間後。



 ——「私はね、私達の故郷に戻って私の仲間を待ってたの。私のように生き返っていたら、そこに来るんじゃないかって」——



 確かルネディはそのように言っていたはずだ。


 そしてメルは言っていた。『魔法国が私の故郷』だと。


 その時にメルは、ルネディは物心つく前から実験施設に収容されていたとも話していたから、ルネディの言っていた故郷とは魔法国のことで間違いないだろう。


 私は魔法国跡地から一番近い村に滞在し、定期的にそちらに意識を向けていた。


 そしてその日は、訪れた。


「……ルネディ!」


 魔法国跡地の一角に、彼女の姿は現れた。日を避けるように物陰に座り、静かに佇んでいる彼女の姿が——。



 私はたまらず、飛び出した。『空間跳躍』で瞬く間に彼女のいる場所の近くへと降り立つ。


 私はフードとマスクを外し、ゆっくりと、彼女に近づいていった。


 彼女は近づいてくる気配に気づき、顔を上げる。私は胸に込み上げてくるものを抑え、彼女に呼びかけた。


「……ルネディ……」


「……誰かしら? いえ、確かリナとかいう女だったかしら」


「……そう、信じられないかもしれないけど……私は……莉奈……なんだ……」


 ルネディが身構える。だが、私の風貌を見た彼女は、怪訝そうな表情を浮かべた。


「……いえ。その義足……それに、リナとかいう女はもっと若かったわね。お肌もきれいだったし。まあ、胸は似たようなものだけれど」


「あん? やんのか、コラ」



 ——私とルネディの対話が、始まる。





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