『リョウカ』の物語 05 —そして私は街を駆ける【裏】—
†
——サランディア、近郊。
私は女性の亡き骸を丁寧に地面に埋め、そして手を合わせる。
(……助けてあげられなくて、ごめんね……)
名も知らぬ女性。人身売買組織に捕らえられ、『売れ残り』と称されて酷い扱いを受け、命を落とし、捨てられた人だ。
私の中に怒りが込み上げる。人身売買組織と、何より私自身に。
人身売買組織を西の方、ここサランディアに追いやるのには成功した。
でも、このような扱いを受ける女性のことを、私はただ傍観——見捨てることしかできなかった。
一部の、捨てられた時にかろうじて息のあった人は助けられた。しかし彼女のように殺されてしまい、川に流された人や山に埋められた人は決して少なくない。
けど、この歴史を辿らないと——この世界の『私』と人身売買組織に捕らえられているカルデネとの関係が、消失してしまう。
——そして迎えるのは、赤い世界。
私は名も知らぬ彼女の墓に背を向け、ゆっくりと歩き出した。
†
私がこの時間軸にフライトしてきてから四年近く。
今日だ。いよいよ今日、この世界の『私』とのコンタクトが始まる。
当時の私は、この街に向かう途中の深夜の森で方角を確認するために星を詠んだので、よく覚えている。
四月、上弦の月の日。
朝は誠司さんに気づかれる可能性があったので街を離れていたが——街に戻り意識を飛ばして確認すると、うん、『妖精の宿木』の一室に、『私』は眠っていた。私の辿った道を、『私』は辿っている。
(……頼んだよ、『運命』)
動き出すのは、夜。私は先に一つの用事を済ませるために、冒険者ギルドを訪れるのだった。
「お待たせいたしました。それで、ご用件は何でしょう?」
『すまないね、呼び出してしまって。君にしか頼めないことがあるんだ』
冒険者ギルドの個室。そこを予約した私は、このギルドの受付嬢クロッサさんを呼び出した。
彼女は業務中だが、『三つ星冒険者』の頼みだ。初期に私の手続きをしてくれたこともあってか、彼女は快く了承し時間をとってくれた。
「デートのお誘いなら資格剥奪の対象になりますよー。ふふ、でも私、リョウカさんなら別にいいですけど?」
クロッサさんは悪戯っぽく笑いながら、スカートの裾を両手で集め丁寧に折りたたむようにして椅子に座った。
彼女が着席したのを見計らって、私は声を届ける。
『いや、なに、少し奇妙なお願いをしようと思ってね』
「奇妙……ですか?」
首を傾げながら口を少し尖らせる彼女に、私は切り出した。
『そう、実に奇妙な話だ。近い内……少なくとも数ヶ月以内に、私と同じ『魔力の波長』を持つ者が、冒険者登録をしにこのギルドに訪れる』
「……はあ……って、え?」
首を傾げた状態のまま、私の言葉を理解しようとする彼女。当然だ。何を言っているのか分からないだろう。
『疑問はあるだろうが、今はそのまま聞いてほしい。一つ確認だが……もしそういったケースが起こった場合、通常の方法ではなく『指紋認証』で冒険者登録は行われる、そうだろう?』
「……え、何で知って……いえ、はい。ごく稀に魔力の波長が近い人がいらっしゃいますので、その場合はリョウカさんの言う通り『指紋認証』で冒険者登録をすることになりますが……」
困惑、疑念、怪訝。眼鏡を直す彼女から、そのような感情が読み取れる。私は構うことなく続けた。
『その人物は『三つ星冒険者の推薦状』を持ってくるはずだ。もしその人物が現れた場合、私のことは内密にしてそのまま冒険者登録をしてあげてほしい。そして——』
私は区切り、はっきりと彼女に伝えた。
『——彼女こそが、将来の『英雄』だ。どうか彼女が『三つ星冒険者』になれるよう、全力でバックアップしてくれ』
頭を下げる私のことを、キョトンとした顔で見つめるクロッサさん。しばらくして、彼女は吹き出した。
「ふふ。頭を上げてください、リョウカさん。その人って、女性なんですね?」
『そうだ。どうかな、引き受けてくれるかな?』
「んー、リョウカさんの頼みですし、私が担当することになったら構いませんよ。まあ、本当にそんな人が来たらの話ですけど」
クロッサさんは口元を押さえながら笑う。そしてそのまま、その口元に人差し指を当てた。
「でも、バックアップって何をすればいいんでしょう。私にできることなんて、そんなにないですよ?」
『ああ、それなんだが——』
私は当時を思い返し、懐かしむ。
『——なに。君はただ、驚いた時に大きな声を上げてくれればいい。周りの冒険者たちにも聞こえるように、ね』
「ふえっ? 恥ずかしいですよ! ギルド職員にあるまじき行為ですし……」
気持ち顔を赤らめ、彼女はブンブンと手を振る。私は身を乗り出し、彼女の手を包み込んだ。
『お願いだ、君ならできる』
「……うう、はい。でも、本当にその人が来たら、ですよ?」
『ああ、構わないさ。『運命』がそう言っているからね』
いまや顔を真っ赤にしているクロッサさんの手を離し、私は立ち上がる。
そのまま退出しようかと思っていたが、ふと思い立ち、彼女に申し出た。
『……そうだ、まだ時間はあるかな? お礼に眼鏡をプレゼントしよう。いつ壊れてもいいようにね』
†
顔を赤らめながらついてくるクロッサさんと共に眼鏡屋を訪れた私は、彼女の眼鏡を発注して店を出た。
「ありがとうございました! 素敵なプレゼントです!」
『はは。ではお願いした件、よろしく頼むよ。……ああ、あとそうだ、どうやら少し忙しくなりそうでね。私指名の依頼はしばらく断ってくれないかな』
「なるほど、承りました。落ち着いたらまたよろしくお願いしますね!」
私に何回も頭を下げながら、彼女はギルドへと戻っていく。見送った私は、苦笑いをしながらつぶやいた。
「……確かクロッサさんの眼鏡、誠司さんの殺気で壊れちゃうんだよね……はは……」
彼女が今つけている眼鏡と私がプレゼントした眼鏡、どちらが壊れるかは分からないが予備があるに越したことはないだろう。
さて、そろそろいい時間だ。準備を始めないと——
——私の身体が、固まる。
後ろの女性に手を振りながら、こちらに向かって駆けてくる少女。
白いフードに覆われて、顔は見えないけど——
「わあっ! ごめんなさいっ!」
——少女が私にぶつかり、倒れ込む。
外れるフード、露わになる長い銀髪、魔族の耳——
私のことを拒絶せざるを得なかった、私の大切な妹——ライラだ。




