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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第八部 第五章
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『リョウカ』の物語 04 —人形師—





 ブリクセンにある、彗丈さんの店『人形達の楽園』——


 その店の前に今、私は立っている。


 彼が遠因となり、『厄災』サーバトの手によって誠司さんは殺される。


 今の内に彼を排除すれば——そのように、何度も考えた。


 でも、『運命』はそれを許してはくれない。信じがたいが、彼の生存は『赤い世界』を回避する上で必須なのだ。


 ——『運命』は言っている。彼を殺した時点で、この世界は詰むと。


 私は複雑な思いで、『人形達の楽園』の扉を開くのだった——。






 ——カラララン……



 ドアにつけたベルの音が鳴る。


 彗丈さんは一瞬、こちらに顔を向けたが——小さく「いらっしゃい」と言って、作業に集中し始めた。


 私は真っ直ぐ、彼の元へと向かう。


『——やあ、君の腕前を見込んでお願いしたいことがあるのだが』


 彼は驚愕の表情を浮かべ、こちらを見た。当たり前だろう、頭の中に直接声が鳴り響いたのだから。


 いつも皆にそうしているように、私は続けた。


『すまないね。私は声が出せなくて、このような形でしか会話ができないんだ』


「……あ、ああ。すまない、少し驚いてしまって……それで、用件は?」


 彼は手を止め、私の方に向き直る。彼の顔を間近に見てしまった私の心に一瞬、殺意が首をもたげたが——その時、ルネディの声が私を制した。



 ——「復讐だけじゃ、何も得られない……全てを失ってしまうわ」——



 そうだ。彼がいなければ、ルネディたちの復活もあり得ないのだろう。私は気を落ち着かせ、再び声を届ける。


『義足の調整をお願いしたいんだ。長年使っていたので、どうやらくたびれてしまってね』


「……義足? すまないね、うちはそういったものは……」


 彼の言葉を聞き、私は茫然とする。ちょっと待って。私の義足も、そして誠司さんの義手もこの人が作ったはずだ。なんで——。


 と、そこまで考えた時、私は理解した。してしまった。



 ——ここも『運命』の、分岐点なのだと——。



『——いや、君ならできるはずだ。見るだけでもいい、見てくれないかな?』


「……うーん……力になれるかどうか、分からないけど——」


 そう言いながら彼は、渋々といった様子で立ち上がり私の義足をチェックし始める。


 その彼の顔つきは、みるみると変わっていき——。


「……なんだ、これは……僕が人形の骨格に使っている技術と、ほとんど同じじゃないか……」


 彼は指先で義足の関節部分をなぞり、信じられないといった顔で何度も確かめている。私のこめかみを、冷や汗が伝う。彼は目を見開いて、私の顔を見上げた。


「……失礼、これはどこで……」


 まずい、何て言おう。事前に用意していたのならともかく、とっさに言い訳を思いつけるほど私の頭は良くない。助けて、グリム。憑依して、グリム。


 私はなんとか、思いついた言葉を並べ立てる。


『……さあ。もしかしたら私が頼んだ技師は、君の人形を参考に……いや、君の人形そのものを使ったとも考えられるね。すまない、そのあと彼は亡くなり、詳しいことは分からないんだ』


 ——どうだ。とっさに考えたが、少し苦しいか?


 マスクの下で固唾を飲みまくる私。彗丈さんは少し考えたあと、やがて頷いた。


「……うん、そうなのかもしれない。真偽は分からないけど……僕の技術が、巡り巡ってこのような形で役に立っているのかもしれないね」


 そうつぶやく彼の顔は、穏やかだった。この人が『厄災』を復活させていただなんて——今の彼からは、とても想像できない。


 彗丈さんは立ち上がり、作業場へと私を手招いた。


「もしかしたら、僕でも力になれるかもしれない。来てくれ、やるだけやってみるよ」


 私は気づかれないように、安堵の息を吐く。どうやら『運命』というものは、私を導き、試練を与えるのが大好きなようだ——。







 義足の調整を受けながら、私は考える。


 目の前の彗丈さんもそうだが、今は魔法国の地下にいるヘクトールもそうだ。


 ——『運命』は、彼らの生存を望んでいる。少なくとも、今はまだ。


 元を断ち切れば『赤い世界』は回避できそうなものだが、どうやら事はそんな単純ではないらしい。


 いったい、なぜだろう。決定的な『運命の分岐点』の先に、何かあると言うのか。


 思いつくのは、ドメーニカの『発芽』。それに伴う『女神像』の顕現。


 今、ヘクトールを倒せば、ドメーニカの『発芽』を防げそうなものだが——それをすると、『白い世界』への道は閉ざされてしまう、そう『運命』は言っている。


 やはり、忠実に歴史を辿る必要がありそうだ——。


 そんなことをボンヤリと考えている間に、調整を終えた彗丈さんは汗を拭きながら立ち上がった。


「さあ、終わったよ。多分大丈夫だと思うけど、具合を確かめてみてくれ」


 彼に言われるまま、私は立ち上がり、義足の具合を確かめる。うん、しっかりと厚底ブーツの高さにも調整してくれてあり、以前よりもしっくりとくる。


『……うん、問題ない。素晴らしい出来栄えだ……』


「そうか、ありがとう。役に立てたようで、何よりだ」


 嬉しそうな顔を浮かべる彗丈さん。私は複雑な思いで礼を言い、彼の言い値に色をつけて代金を支払った。


 去り際、私は彼に伝えた。


『もしかしたら今後、私のような人が訪れるかもしれない。その時のために、義手や義足の作成も引き受けられるようにしてもらえると嬉しいのだが』


「……はは、考えとくよ」


 少し困った表情を浮かべながらも、彼の顔は晴れ晴れとしていた。


 椿 彗丈。能力を活かした、本物の人形師——。


 表に出た私は、振り返って店を眺めた。



(……誠司さんの義手も……そして、もし『運命』に失敗した時の『私』の義足も……よろしくね)



 私は周囲に人影がないのを確認し、『空間跳躍』するのだった——。




 


 そして、『運命』が——『私』が動き出す、転移から四年後、最初の日を迎える。




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