『莉奈』の物語 12 —叫び—
微笑みを浮かべる、『天使像』の姿を形取った『影』。一瞬にして皆の下半身に影がまとわりつく。
状況を把握したグリムは、叫んだ。
「撤退する! マルテディ、ジョヴェディ!」
その声を聞くと同時に、マルテディは両腕を振り上げた。ジョヴェディも力を行使し、頭上の土を取り除く。
直後、作り上げられる『砂の巨像』。全長百メートルにも及ぶその巨像の肩に、全員が乗っていた。
ジョヴェディは急ぎ言の葉を紡ぐ。
「——『光弾の魔法』」
その光弾は『天使像』の影を撃ち抜くが、一瞬散ったのちにすぐに元の形に戻ってしまう。足にまとわりつく『影』は、解けない。
「……ぬうっ」
「マルテディ、移動を!」
「……それが……駄目なんですっ!」
マルテディの悲痛な声が響く。見ると、砂の巨像にも——
——足元から這い上がるように、すでに、『影』がまとわりついていた。
†
(…………くっ!)
視線を感じる。『天使像』たちの、無慈悲な視線を。
私の身体に巻き付くように這い上がってくる影の締めつけは、潰されそうな程にきつくなっていく。私は『空間跳躍』で抜け出し、宙に浮いた。
「みんな!」
私が叫びながら視線を向けると——苦痛に顔を歪ませているメルの足が、無惨にも潰されている姿が目に入った。
待って、そんな、『天使像』の攻撃は、再生できな——
「リナさん!」
茫然とする私に向かって伸びる影を、砂と氷が防ぎきる。意識を飛ばすと、そのマルティの腕は、地上から襲い来る『色彩』に食い破られていた。
まるで意思を持つかのように、容赦なく襲いかかってくる『色彩』。
「フン!」
ジョヴェディが土の防御壁を作り上げ、なんとか追撃を防ぐ。その時、上半身だけのメルが這いつくばりながら叫んだ。
「リナちゃん、逃げて!……子供たちのこと、お願いね!」
「メル!」
そんな、そんな、そんな。誰かがいなくなるのは、もう十分だ。私は首を振り続ける。
「莉奈、逃げろ! キミだけが、世界を救える鍵なんだ!」
グリムが、叫ぶ。何を言っているのかわからない。ここでみんなを失うくらいなら——。
私は涙を流しながら、その光景を見つめていた。そんな私の様子をちらりと見たジョヴェディは、身体を削られながら地表に視線を向ける。
「……フン、隙だらけなんじゃよ」
ジョヴェディのつぶやきと同時に、地上で起こる爆発。
その瞬間——みんなを包んでいる『影』は、消えた。『影』の『天使像』本体を消滅させたのか。
これなら——。
私の願いは虚しく、『色彩』が渦巻く。砂の巨像が崩れていく。下半身を失ったメル。右半身を失ったマルティ。二人は落ちながら、寂しそうに私に笑いかけ——小さな小さな砂と氷の盾を、私の前に作り上げた——。
——『えへへ。リナちゃんを守ろうとする時のわたしは、無敵だよ!』——
——『うん。私ね、冒険者に憧れてたんだ』——
「メルーーッ! マルティーーッ!」
私はたまらず、彼女たちに手を伸ばし——
「……燕よ! あやつらの想い、無駄にするでない!」
怒鳴り声が響く。
強張り動きを止める私の前に、ジョヴェディが片足、片腕を失いながらも宙に浮き、私のことを守るように立ちはだかった。
迫り来る『色彩』を土で防いで——。
「生きろ!……ライラと、共に!」
その言葉に突き動かされた私は、歯を強く噛み締め、『空間跳躍』で逃げ始めた。
飛ばした意識で最後に見た光景は、彼女たちが『色彩』に飲み込まれていく姿だった——。
†
「……みんな……いなくなっちゃったね……」
私たちの家。マルティやメルと一緒に暮らしていた家。
帰る途中の記憶はあまりない。気がつけばここに帰り着いていた私は、家に待機していたグリムの端末に漏らす。
グリムは無言で、私の話を聞いていた。
「……やっぱり、手を出すべきじゃ、なかったね」
私は、今回の件、乗り気ではなかった。ルネディを失った時の悲しみ、それをもう、味わいたくはなかったから。
——そしてそれは、現実になってしまった。
「……世界、どうなっちゃうんだろうね」
天使像は『風』と『影』の二体を倒した。多大なる犠牲を払って。でも、それだけだ。何も変わってはいない。
黙って私の話を聞いていたグリムだったが、やがてポツリとつぶやいた。
「……莉奈。世界を救う気は、あるかい?」
取り留めのない彼女の言葉。そう言えば、私が『鍵』になるとか言ってたっけ——。
「……どういうこと?」
ぼんやりと視線を向ける私の目を見つめ返して、彼女は言った。
「……『転移者』に現れる『チート能力』さ。もしキミがその気なら……運命だって、変えられる」




