『莉奈』の物語 11 —糸口—
——一年後。
肉体の再生を終えたサーバトは、魔法国へと続く荒野を歩いていた。
(……ふざけやがって。英雄も、ジジイも……そしてグリムも、絶対に許さんぞ……)
慢心していた。無尽蔵の魔力。物理攻撃の効かない無敵の身体。魔法では防げない光の攻撃。
普通に考えれば、負ける要素など、ない。
しかし奴らは、肉体への攻撃手段、魔法、そして頭脳のすべてにおいて、ことごとくサーバトの想像を超えてきたのだ。
(……私は『魔王』だ。もう、油断はしない。そう、油断さえしなければ……!)
こうなったら意地だ。あいつらを排除さえすれば、世界などいつでも獲れる。慎重に立ち回れば、この『光』の力、後れなど取るはずがないのだから。
サーバトは歩く。英雄『白い燕』が指定した決戦の地、魔法国へと。
そこでサーバトが目にしたものは——
「……なんだ、アレは……」
——静かに佇む、巨大な『女神像』の姿だった。
(……クソ……何が狙いかわからんが……破壊してやる!)
あれが何なのかはわからないが、二年前にサーバトが復活した時にはなかったものだ。
何のために作ったのかはわからないが、わざわざこの地に呼び出したからには、何かしらの意図があるはずだ。むざむざ相手の誘いに乗ることはない。
サーバトは『光の雨』を降らせるため、右腕を振り上げた。
†
「……来るぞ、『光の雨』が」
——ここは、ジョヴェディの能力によって地中に作られた部屋。
姿を消した分身体にサーバトの動向を見張らせていたジョヴェディは、その場にいる者たちに告げた。
その言葉を受けたグリムは、莉奈の方を向く。
「よし。では、莉奈。よろしく頼む」
「……うん」
莉奈は意識を飛ばし、『女神像』周辺を上空から俯瞰する。そして、その映像をグリムの脳内に直接飛ばした。
グリムの脳内に映し出される光景。それをグリムは、皆に聞こえるように伝え始めた。
「——『光の雨』、女神像本体はすり抜けている。胸元の『赤い宝石』は、結界らしきもので弾いているな……莉奈、視界を『天使像』へ」
莉奈はうなずき、意識を移し替える。
「——六体の『天使像』……全部が防御手段をとっている。『土』、『砂』、『氷』はそれぞれの持つ力で防御壁を張っている。『影』は地中、『光』は何ともなし、『風』は……一部の雨が障壁をすり抜けているが、たちどころに再生をしている」
マルテディとメルコレディが顔を見合わせる。予測はしていたが、やはり『天使像』も彼女たちと同じように力を扱うことができるみたいだ。
グリムは息を吐き、つぶやく。
「……できればこの攻撃で『天使像』が破壊されるのを期待していたのだが……そう上手くはいかなかったようだね。ジョヴェディ、サーバトの様子は?」
「……ふむう。攻撃が『女神像』に効かないと悟り、困惑しておるのう。しかし、『光の雨』を止める気はなさそうじゃ」
「……待て、『天使像』が……攻撃を開始した。莉奈、追ってくれ!」
見ると一部の『天使像』から『厄災』の力が放たれていた。
それは真っ直ぐに、サーバトのいる方向を目掛けて——混ざり合い、『色彩』となって伸びてゆく。
「ジョヴェディ、サーバトの状況を!」
「……ぬう、奴は今、足を『影』でつかまれて身動きがとれん状況じゃ——」
サーバトは気づく。己に向かってくる、強大な力を。彼は自身の足を掴む『影』を見て毒づく。
「……あの女か!?」
辺りを見回すが、この広い荒野、あの『影使い』の女の姿はどこにも見当たらない。
サーバトは雨を止ませ、急いで前方に魔法の障壁を張ろうと試みるが——
——それが間に合うことはなく、『色彩』に食い破られ消滅していくのだった。
光の雨が止み『天使像』の障壁が解かれたのを見て、グリムは叫んだ。
「ジョヴェディ、今だ!」
「うむ、任せておけい」
光の雨よりも更に上空、控えさせていた『分身体』二体を、ジョヴェディは急降下させる。
『天使像』は今、サーバトのいた方に注意を向けている。奇襲をかけるなら、今しかない。
あらかじめ詠唱は終わらせ、いつでも発動できる準備はできていた。パチパチと光が弾ける。酸素が収束していく。
狙いは——『風』。分身体を動かしているジョヴェディは、つぶやいた。
「塵に、還れ」
「——『爆ぜる光炎の魔法』!」
「——『焼き尽くす業火の魔法』!」
光は弾け、業火が風を巻き込み燃え上がる——。
以前、『天使像』は莉奈の太刀によって両断された。そして観測された、『厄災』たちと同じ『永久不変』の症状。
奴らに『魂』があるのかは、わからない。しかし、『厄災』たち同様、肉体を消滅させることは可能なはずだ。
魔法の晴れた先、思惑通り『風』の『天使像』の姿は消滅していた。そして、消滅させた、その先——。
「——『暗き刃の魔法』!」
ジョヴェディの分身体は手早く言の葉を紡ぎ、『女神像』に向かって解き放つ。
その刃の行く末を、莉奈の視界を通してグリムは観測する。
果たしてその刃は——すり抜けてはしまったものの、『女神像』の身体を通過する際、減速した。
「ジョヴェディ、『土』の力を!」
「承知」
ジョヴェディは振るう。『土』の力を、女神像を支えている地面に。
ぬかるむ土。その上に立つ女神像は、わずかに沈んだかのように見えた。
グリムはうなずく。
「……よし。これなら少し、希望が——」
「グリムさん!」
マルテディの叫び声が響く。
皆が彼女の指差す方を見ると——
この地中に作られた部屋の中——
——そこには、『天使像』の姿を形取った『影』がたたずみ微笑んでいる姿があった。




