『莉奈』の物語 10 —過去を見る者、未来を見る者—
天が煌めく。
戦場から未だ離れた馬車付近にいる莉奈たち。グリムは空を見上げ、その煌めきを見て叫んだ。
「『光の雨』がくる! 防御を!」
たちどころに張られる氷と砂のドーム。暗闇の中、莉奈は意識を飛ばして状況を伝え続ける。
「……ジョヴェディ、『光の雨』を防いでる……魔法じゃ防げないはずじゃ……?」
「……ふむ。莉奈、そのまま観察を。そしてもし、ジョヴェディが勝つようなら——」
グリムの提案を聞き、莉奈は頷くのだった。
†
『光の雨』は降り続けていた。それを障壁の中からつまらなさそうに眺めるジョヴェディ。
サーバトは、雨を降らせながら言の葉を紡いだ。
「——『氷刃の魔法』!」
並の術師の何倍もの数の氷刃がジョヴェディを襲う。それを見たジョヴェディは、鼻を鳴らして言の葉を紡いだ。
「——『暗き刃の魔法』」
生み出された刃は正確にサーバトの放った氷刃へと向かい飛び、次々と落としていく。
そして最後の一刃——それが、サーバトの肩に深々と突き刺さった。
「……ぐっ!」
「フン。それだけの数を並べるのはまあ大したものじゃが、そのくらいならワシにだって出来る。威力を落としすぎなんじゃよ」
「……くそっ、私は魔王だ、魔王サーバトだ! 貴様ごときに……」
肩を押さえ、苦悶の表情で睨みつけるサーバトを見てジョヴェディは息を吐いた。そして、かぶりを振りながらぼやく。
「……覚えておけ。自らの肩書きにすがる奴に、大した者はおらん。成長を自ら止めてしまうからのう」
「クソったれがあっ!」
サーバトは魔法を、光線を乱れ撃つ。ジョヴェディは杖をつき、憐れんだ視線を向けた。
「……まったく、せっかくの魔法が全然練られておらんのう。魔法とは、こう使うんじゃ」
その言葉と同時に、雷撃がサーバトに落ちる。叫び声を上げる間も無く、黒焦げになり崩れ落ちるサーバト。
ボロボロの身体を再生させながら、ジョヴェディに視線を向けて彼はうめく。
「……バカ……な。無詠唱……だと……?」
「違うな。このくらいも見破れんようじゃ、魔王を名乗るのも烏滸がましいわい。終いじゃ」
天が一段と赤くなる。サーバトが熱を感じ空を見上げると——そこには自身が作るものよりも巨大な火球が浮かび上がっていた。
「……あっ」
自らの行く末を覚悟するサーバト。ジョヴェディが杖を振り下ろそうとした、その時。赤いマントの人物が、突如この場に現れた。
「……ぬうっ?」
「……邪魔してごめん。これだけ。ねえ、サーバト——」
そこに現れた莉奈は、サーバトを見下した。
「——次に復活した時は、魔法国跡地で。そこで全ての決着を」
それだけ言い残して、莉奈は消え去った。ジョヴェディは杖を振り下ろす。
「……う、ぐおぉぉっっ!」
こうしてサーバトの肉体は、再び消滅したのだった——。
†
ジョヴェディの分身体を見つけた莉奈は、彼の隣に降り立った。
「ごめんね、戦いの邪魔しちゃって」
「……フン、リョウカよ、久しいのう……いや……」
ジョヴェディは、莉奈の瞳を覗き込む。そして、軽く鼻を鳴らした。
「……なんじゃ、『燕』か。何用じゃ?」
「ううん、用はないけど……あなたこそ、どうしてここに?」
その時、戦いが終わったと判断したグリムたちが二人の元へとやってきた。
「ジョヴお爺ちゃん!」「ジョヴお爺さん!」
「やあ、久しぶりだねジョヴェディ。今までどこにいたんだい?」
「……お主たち……」
呆気にとられ、目を丸くするジョヴェディ。その彼を連れ、莉奈たちは場所を移し話し合うのだった。
†
「フン、単なる気まぐれじゃ。若いのが頑張っておるのに、ワシだけのんびりしておるのは性に合わんくてのう」
「若いのとは?」
ここは馬車の中。グリムの問いに、ジョヴェディは目を瞑って答えた。
「……ライラじゃよ。彼奴は今、孤独な戦いをしておる。詳しくは言わんかったがのう」
ライラ。その名前を聞いた莉奈の表情が強張る。それでも平静を装って、彼女は尋ねた。
「……ライラって? もしかして、会ったの……?」
ジョヴェディは莉奈の瞳を覗き込む。そして再び目を閉じ、鼻で笑った。
「ああ。彼奴は前に進んでおるぞい。悲痛なまでの決意を心に秘めて、な」
「………………」
莉奈は無言でうつむく。その様子を横目で見たグリムは、ジョヴェディに尋ねた。
「もしかして、ジョヴェディ。キミの使っていたという『光』を防ぐ手段、もしかしてアルフに作ってもらったのかい?」
「……相変わらず聡いのう。そうじゃ、『光を防ぐ魔法』、あれをライラはアルフレードに作ってもらった。ワシが使えるのは、そのついでじゃ」
「……そう。ライラも、仇を……」
漏れ出る莉奈の言葉。だがその彼女のつぶやきを、ジョヴェディは否定する。
「違うぞ、燕よ。ワシもセイジの話は聞いたが、ライラは仇など考えておらん。もっと大きなものを……そうじゃな、『未来』とでも呼ぶべきか、それを彼奴は見ておる」
「……『未来』、を?」
「そうじゃ。過去に囚われて、憤り怯えておる、お主と違って、な」
「………………」
莉奈は、何も言い返せない。ジョヴェディの言うことは真実だ。私は、私を、見失っている。
その様子を目端で見やり、ジョヴェディはグリムに尋ねた。
「それで、青髪よ。お主の差し金じゃろう。なぜ燕は、一年後に魔法国を指定した?」
「はは。まったく、どちらが聡いんだか——」
グリムは肩をすくめ、ジョヴェディに答えた。
「——ジョヴェディ。キミは、魔法国に現れた『女神像』の存在を知っているかい?」
「フン。嫌でも耳に入ってくるわ。アレはいったい、なんなんじゃ?」
グリムは説明する。現時点で知り得る情報を、この稀代の魔法使いに。
黙って聞いていたジョヴェディだったが——莉奈を庇って消滅したルネディの話を聞き終えると、静かに目を伏せた。
「……そうか。奴はその身を挺して、未来に繋げたんじゃな」
「……そうだね。そうなんだ」
訪れる沈黙。莉奈はうなだれて話を聞いていた。マルテディとメルコレディの手が、莉奈の手に重ねられる。
その様な空気の中で、ジョヴェディは、はっきりとつぶやいた。
「……聞かせろ、青髪。お主の考えていることを。『厄災』サーバトを使って、何かする気じゃろう?」




