『莉奈』の物語 09 —喪失—
「——ルネディーーッ!!」
私は『空間跳躍』をし、『光』を放っている『天使像』を斬り抜ける。両断される天使像。しかしドス黒い血を吹き出しながら、天使像は再生してゆき——。
「……くっ!」
地面に伏しているルネディを抱え上げ、私は『空間跳躍』をする。少し離れたところまで来ていたグリムが、声を上げた。
「莉奈、こっちだ、戻ってこい!」
†
「……なんで私なんか助けたのよう……」
天使像たちから距離をとった私は、ルネディを膝の上に乗せる。マルティやメルも、心配そうにルネディの様子を覗き込んでいた。
「……ふふ。言ったでしょう? あなたを守ってあげるって」
「……いいから、早く再生してよう……」
私に抱えられている彼女は、全身穴だらけで血が止まる様子もなく。いつもならもう再生が始まっていてもおかしくないはずなのに——。
その私の顔を力なく見ながら、ルネディは困った顔を浮かべた。
「……それがね……再生……できないみたいなの……さすがは私たちを生み出した、母の力、ってところかしらね……」
「……なんで……なんでよ……」
私だ。私のせいだ。私が憎悪に駆られ、突っ走ってしまったから——。
「……いい?……リナ、これに懲りたら、一人でなんとかしようとしないこと……復讐だけじゃ、何も得られない……全てを失ってしまうわ……」
「……ごめんね、ルネディ……私が……私が……」
先ほどから回復薬を掛けてはいるが、全く効き目が現れる様子がない。私の瞳から涙がこぼれ落ちる。私にもまだ、涙があったんだ。
傷口から立ち昇る黒い瘴気。魔素。彼女の身体が、失われていく——。
ルネディは首を動かして、マルティとメルの方を見た。
「……マルティ……メル……いいこと?……リナの助けに……なって、あげなさい……」
涙を流しながら頷くマルティとメル。やめて、私にそんな価値は、ない。
「……じゃあね、リナ……できれば復讐なんて……忘れなさい……」
「……ルネディ……!」
彼女の身体から、重さが消えていく。ルネディは震える手を上げ、私の目元を拭った。
「……涙は……あなたには……似合わない……笑顔の……私の好きだった……あの時の……あなたに……」
その言葉を最後に彼女は目を閉じ、そしてサラサラと消えていった。
私は彼女の魔素を抱きしめるように、抱え込んだ。
「……ルネディ……」
——いくら待っても、彼女が復活することは、もうなかった。
†
それからの私は、ケルワンを拠点として虚ろな日々を過ごしていた。
相変わらず私は、野盗や犯罪者、魔物どもは容赦なく斬り捨てていた。
しかしそれは、もはや世界に対する『復讐心』ではない。そうしなければ私の居場所、私たちの居場所が守れないからだ。
私は野盗の死体に十字を切り、天を見上げる。
(……誠司さん、ルネディ、みんな……私はもう、『幸せ』にはなれないよ……)
空は相変わらず赤いままだ。グリムの観測によると、女神像は定期的に『微笑み』を浮かべてはいるものの、その度に『赤い宝石』が光り小規模に収まっているらしい。
しかし——私にはもう、あの『女神像』に立ち向かう気力は残ってはいなかった。
私は街外れに借りた、私の家に帰り着く。
「お帰りなさい、リナさん!」
「ただいま、マルティ。メルは?」
「子供たちのところ。メル、人気者だから」
「……ふふ、そっか」
この地方を襲った『大厄災』以降、人々の暮らしは決して楽ではなくなっていた。親を失った子たちも大勢いる。
私たちはその中でも必死に生きようとする者たちのため——できることを、今している。
そのような生活を、一年ほど送っていたある日のことだ。
グリムが情報を持って、帰ってきた。
「——莉奈。『厄災』サーバトが、復活したらしい」
「……来たか……」
沈黙の『女神像』は放っておいても現状なんとか生活はできるが、問題はサーバトだ。予測通り、一年ほどの時間をかけて奴は復活してきた。
「……それで、サーバトは今どこに?」
「莉奈。奴は『私たち』をご指名だ。スドラートで待つ、と」
「……そっか。マルティ、メル、力を貸して」
「うん!」「はい!」
——こうして私たちは、一年ぶりとなる奴との再戦に向け、旅立つのだった。
†
「——わざわざ呼び出すからには、何か対策をしているのかもしれない。昼間を指定してきたしね」
「……ま、そうだよね」
私たちは馬車に乗り、スドラートへと到着した。もはや面影の欠片すら残っていない漁村。とりあえず、『光の雨』には警戒しなくては——。
「……えっ?」
先行して意識を飛ばしていた私は、その光景に驚く。
声を上げ立ち止まる私に、グリムが尋ねかけてきた。
「……どうした、莉奈?」
「……待って……戦闘が、始まってる……」
†
魔王サーバトに対峙する人影が一つ。
サーバトは、その者に魔法を放った。
「——『火弾の魔法』!」
迫り来る巨大な火球。包まれる人影。
しかしその中から、まるで平然とした様子で人影は歩み出てきた。
「——フン。『魔王』というからどのようなものかと来てみれば、大したことないのう、小童」
「……ぐっ!」
サーバトは指先を向け、その者に光線を放つ。それを見た人影は、口角を上げて言の葉を紡いだ。
「——『光を防ぐ魔法』」
その言の葉が紡がれると同時に、人影の周囲に障壁が張られ、全ての光線を弾き返す。
狼狽するサーバトを見て、その者——ジョヴェディは、楽しそうに笑った。
「……クックッ。随分と便利な魔法じゃのう。どれ、ワシに世界を救う気はないが……ライラ、見ておれ。お主の代わりにこの老骨、久しぶりに動かしてやるわい」




