『莉奈』の物語 03 —裏切り—
ギルドカードからの呼び出し音が止まらない。『緊急招集』というやつだ。
「……………………」
このまま無視してもいいけど、このギルドカードを使ってお金を引き出しているのだ。ある程度まとまったお金は下ろしておいたが、長期的な目線で見ると資格剥奪にならないに越したことはない。
(……ま、捕まったら捕まったでいっか)
私はギルドのありそうな近場の街に、向かうことにした。
†
「リナさん、ですね? お待ちしておりました」
ここはサランディア国の北部、小さな街の冒険者ギルド。
受付の女性は丁寧に頭を下げ、裏へと向かっていった。私はそれを無表情で見送る。
私は目を閉じ、女性の方へと意識を飛ばした。彼女が話しているのはここのギルド長だろうか。何やら真剣な様子で話し合っている。
意識を戻し、息を吐く。呼び出されたのは彗丈さん殺しの件だとは思うが、そこまで慌ただしい感じではなかった。
まあ、私のしたこと、していることは冒険者の評判を落とす行為だ。いずれは冒険者資格は剥奪されてしまうのだろう。
まだ大丈夫なら、全額引き下ろす必要もあるか——そんなことを考えている時だった、受付嬢とギルド長らしき人が戻ってきた。
「リナさん……申し訳ありません、『緊急クエスト』です。どうか世界を……救ってください」
「……どういうことでしょう?」
汗を拭きながら頭を下げるギルド長に、私は尋ね返す。彼は、私にすがるような目線を向けてきた。
「詳しくは王都にある『冒険者ギルド・サランディア支部』へ。世界の脅威、『厄災』サーバトが、あなたを指名したようです……」
†
大きな街には、近寄りたくなかった。
でも、『厄災』サーバト——その名を聞いて、動かないわけにはいかなかった。
(……どういう……つもり……?)
なぜ、私を? こちらとしては願ったり叶ったりだが、でも現状、私は奴に対して有効な攻撃手段を持っていない。協力者の存在は必要不可欠だ。
そして到着した、『冒険者ギルド・サランディア』支部。
そこの応接室で、ギルド長サイモンさんから——衝撃の事実が告げられた。
「——リナ君。グリム君はどうやら、『厄災』サーバト側についたらしい」
「………………!!」
絶句。私は動きを止め、サイモンさんの顔を真っ直ぐに見る。その私の視線を受け止め、サイモンさんは事務的に続ける。
「……『厄災』サーバトの滅ぼした村々の周りには、必ず彼女の影があったらしい。そして数日前、各国と主要な冒険者ギルドに対して彼女は宣戦布告したよ——」
——「『最後通告』だ。魔王サーバト様に従うか、抗って滅びるか……好きな方を選べ」
信じられない、誠司さんの仇の側につくなんて——。言葉も返せず黙って話を聞く私を見て、サイモンさんは静かに首を振った。
「そして、こう言った。『英雄『白い燕』を出せ。キサマらの最後の希望を、魔王サーバト様が直々に打ち砕いてやる』とね」
そう言いながら、サイモンさんはテーブルの上に紙を広げ始めた。テーブルの半分ほどの大きさの、周囲が装飾された紙。そこには——
『最後通告:英雄『白い燕』 人類の代表として、戦え
期限は二週間後の、二月の上旬まで
それまでに来なかった場合、また、『白い燕』が敗れた場合、
降伏しなかった国は、滅びを迎えることになるだろう
魔女の館にて、待つ 魔王サーバト 』
——そう書かれていた。
「……あの、サイモンさん。『魔女の館』って、もしかしてスドラートの漁村は……」
「……滅びたよ。奴の『光の雨』でね」
「……………………」
あまり親しくは絡んでいないが、私はスドラートの人たちを知っている。私たちに優しくしてくれた、気さくな海の漁師たち。そして何より——。
「…………ビオラ…………」
私の声が震える。もしかしたら、ビオラは、もう——。
身体を震わす私を見ながら、サイモンさんは目を瞑った。
「そしてグリム君は、この紙を目立つように立て札に貼っておけと。これはその写しだ。一語一句、余すことなく頭に叩き込め、と言っていたかな」
「……そう、ですか……」
私は眺める。その紙を。
やがて全てを読み終えた私は、サイモンさんに願い出た。
「……わかりました。この紙、貰っていってもいいですか?」
「もちろんだ。引き受けてくれるかね、『白い燕』」
私は静かに立ち上がる。
「……いえ。英雄『白い燕』は、もういません。一人の人間として、奴と戦ってきます——」
ギルド長室をあとにした私は、廊下でこのギルドの受付嬢、クロッサさんとすれ違う。
彼女は足を止め、私の右足に目をやり悲しそうな表情で尋ねてきた。
「……あの……あなたは、どちらですか……?」
「…………?」
私が立ち止まり言葉を返せずにいると、彼女は頭を下げた。
「……あ、すいません。一瞬、『リョウカ』さんに見えたもので……」
「…………私は、莉奈。今は苗字もない、ただの『莉奈』ですよ」
頭を下げ続ける彼女を置いて、私は歩き出す。
誠司さんの仇、『厄災』サーバト。奴をこの手で倒すために——。




