『莉奈』の物語 01 —赤い世界の莉奈—
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「リナ、嫌い!」
ライラの投げつけたものが、力なく私の身体に当たり、バサッと床に落ちる。
私はそれを拾い上げ、声を詰まらせながら謝った。
「…………ライラ……ごめん、ごめんねえ……」
光の『厄災』サーバトが現れてから、ひと月半。
誠司さんとヘザーが失われてから、ひと月半。
私は何とか目の前の少女を助け出すことには成功した。
でも——私は私の大切な人、誠司さんとヘザーを助けることは出来なかった。
魔法国の城は、『光の雨』によって半壊していた。私は必死になって、すがる思いで瓦礫の中、誠司さんたちを探したけど——見つけられたのは、誠司さんの眼鏡とあの人が使っていた太刀だけだった。
「……もうリナの顔……見たくない」
「………………」
ライラはうつむいて、ひび割れた眼鏡を眺め続ける。ライラの大好きだったお父さん。
目の前の少女が怒るのも当たり前だ。
ライラの言う通り、私は、誠司さんを、見殺しにした。
私は感じ取る。この少女との関係は、終わってしまったのだと。
——あーあ。家族ごっこ、終わっちゃったね。せっかく上手くいってたのに——
過去の私が語りかける。
私の大切な、この世界で私を迎え入れてくれた家族たち。それはまるで夢だったかのように、全ては失われてしまった。
私のせいだ。何が英雄『白い燕』だ。私がもっと、強ければ——。
私は太刀を手に取り、少女に声をかけた。
「……ごめんね、ライラ……これだけ、借りてくね……」
「……………………」
返事をしないライラに背を向け、私は太刀を杖がわりにし、歩き出す。『光の雨』に穿たれた右足はもう、使い物にならないかもしれない。
——ごめんね、ライラ。必ず、仇はとるからね——。
その日を最後に、私はこの家に帰ることはなかった。
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目的地へ向かう途中、私は岩陰に身を隠し、夜営をする。
めくり上げた右足は——変色が始まっていた。
(……だましだましやってたけど……もう、限界か)
この世界の回復薬は強力だ。でも、失われた肉体を再生させるほどの力はない。
放っておけばいずれ腐り落ちてしまい、その時には取り返しのつかないことになっているだろう。
私は布を噛み、誠司さんの太刀を膝下にあてがう。
「…………フーッ……フーッ…………」
息が荒くなる。幸い私には、『飛ぶ能力』がある。片足だけでも何とかなるはずだ。
そして私は、刃を——。
「…………ーーーーッーーーー!!」
布を強く噛み締める。刃は深く入り込んでいくが、骨が邪魔だ。
私はボロボロと涙をこぼしながら、一気に力を込めた。
「…………ッゥアーーーッ!!」
傷口から血が溢れ出す。私は急いで回復薬を傷口にかけた。
立ち昇る臭気。この世界の回復薬は染みるはずだが、もう頭が痺れて何も感じられなくなっていた。
「…………フーッ……フーッ…………」
気がつけば、私は仰向けになり夜空を眺めていた。私は上体を起こし上げ、傷口を見る。どうやら上手く塞がってくれたようだ。
私は私から切り離されたものを見て、つぶやいた。
「……さようなら、私の右足……」
†
あれからしばらく旅を続け、私は目的地、ブリクセンへと到着した。
彗丈さんの店、『人形達の楽園』——そこが私の、目的地だ。
店に入り私の姿を認めた彗丈さんは、ひどく疲れ、うつろな表情を浮かべていた。
私はそんな彼に、お願いをした。
「……すいません、彗丈さん。義足を作ってもらえますか?」
「……誠司のことは、残念だったね……」
「……いえ」
彼は手際良く、私の義足を作ってくれた。元から作ってあったものを、私のサイズに調整してくれた形だ。
彗丈さんは義足を取り付けながら私に尋ねる。
「……でも、いいのかい? 時間さえもらえれば、本物と遜色ない君専用の義足が作れるけど」
「……いえ。頑丈であれば、それで」
私につけられている義足も、ヘザーの金属製の骨格と同等の素材が使われているようだった。丈夫さに関しては、これで問題ないだろう。
「……さあ、終わったよ。立ってみてくれ」
「……はい」
私は立ち上がって右足を上げ下げし踏みしめてみる。うん、これなら普通に動く分には何とかなりそうだ。
「ありがとうございます、彗丈さん」
「いや、このぐらいしか出来なくて申し訳ないけど——」
言いかける彼の言葉を遮って、私は質問をする。
「それで、彗丈さん」
「……なんだい?」
「あなたがサーバトを……『厄災』たちを復活させていたんですか?」
聞くまでもない。サーバトが登場したあの時、目の前の彼の全てを見通していたかのような言葉。そして、『魂』の位置を認識できるはずの誠司さんが、あそこまでサーバトの接近を許してしまったこと——。
それも、彗丈さんが人形を動かし、『厄災』として命を吹き込んでいたのだとしたら、全てに納得がいく。
その私の質問に、彗丈さんは目を伏せて答えた。
「……ああ、そうなんだ。まさか、こんなことになるとは……」
「……そう」
私は一瞬にして彼の背後に『空間跳躍』する。
そしてそのまま、何事か理解できていないであろう彼の首を——
——刎ね落とした。
落ちる首。吹き出す鮮血。私の白いマントが返り血で赤く染まっていく——。
床に倒れる彼の身体を眺めながら、私はつぶやいた。
「……よかった、素直に言ってくれて。早くあなたを殺したくて、仕方なかったから——」
——この日、私は、初めて人を殺した——。




