対『最後の厄災』攻略戦 10 —再現—
十八年前の再現——。
エリスが自身を座標とし、『最後の厄災』を出口のないゲートに閉じ込めた、決死の行動。
事前にこの案が出された時、当然ながら皆は反対をした。
だが、当のエリスは、今に至っても——
「うん、わかった。一回やってるからね、今度は無事に戻ってくるよ」
——微笑みながら、そう言うのだった。
エリスの元にグリムは歩いていく。
「……すまない、エリス。本当にこの手段は使いたくなかったんだ……」
「いいよ、グリム。他に方法なさそうだしね。それに、今回は——」
彼女は首を向けて、近づいてくる二人を眺めた。
「——私一人だけじゃないから」
その近づいてきた二人のうちの一人——誠司はエリスに声をかける。
「……エリス、本当に行くんだな」
「ふふ、任せなさい!……でもセイジ、あなたまで一緒に行かなくても——」
「いいや。君が行くなら私も絶対に行く。昨日、散々話し合っただろう」
当然ではあるが、この作戦に一番反対したのは誠司だった。だが、他の手段が全て駄目だった時に、過去、かろうじて有効であった手段——その行使を、自身が同行することを条件に渋々了承したのだった。
「すまない、誠司……」
苦しげに頭を下げるグリム。その彼女の肩に、誠司は手を置いた。
「なに、仕方あるまい。今回は何としてでもエリスを連れて無事に帰ってくるさ。彼女も一緒だしな」
そう言って誠司はもう一人の同行者、メルコレディを見る。メルコレディは気合いを入れ、強くうなずいた。
「任せて! セイジちゃんもエリスちゃんも、絶対に守ってみせるから!」
そう。今回の作戦の成否は、全てが彼女にかかっている。無論、グリムの中では誰か一人でも失われること、それは敗北であると定義している。
グリムは三人に向かって、深々と頭を下げた。
「……頼む。皆のためにも、絶対に無事で帰ってきてくれ——」
「さあて。みんな、準備はいい?」
エリスは誠司とメルコレディに声をかける。身構え、頷く二人。
空間座標を自身に設定し、精密なコントロールで対象ごと空間に連れ去る——『空間魔法』のエキスパートであるエリスにしかできない芸当だ。
そして彼女が内側から『エリスにしか開けない』出口を作ることで、初めて『閉じ込める空間』としての役割を果たすことができる。エリスがやるしかない。
三人は見る、間近で『最後の厄災』の顔を。
その顔は彫刻像のように無機質で——しかしその意識は、はっきりとエリスに向けられているように感じられた。
エリスは詠唱を始めながら考える。
(……私が身体を取り戻せたのは、この時のためなのかもなあ。全部、『運命』の導きなのかもね)
彼女は横目で見る。『運命の申し子』と思われる彼女の姿を。
その彼女は——白いマントをたなびかせ、祈るような視線でこちらを見ていた。
(……応援しててね、『運命の申し子』さん!)
——そして、言の葉は、紡がれた。
「——『空間を繋ぐ魔法』!」
†
暗く、何もない、静寂に包まれた空間——。
そこに移動したことを認識した誠司は、エリスとメルコレディを抱えて大声で叫んだ。
「メル君!」
目の前にいる『最後の厄災』は、自身の時が動き出したことを知り、満面の『微笑み』を浮かべた。
——途端、渦巻く、終焉の炎——。
誠司が二人を抱え全力で飛び退く。その間にメルコレディは、両腕を前に出していた。
「えい!」
三人を分厚いドーム状の氷が包み込む。
エリスが、叫ぶ。
「あの娘、動くから気をつけて!」
「ああ、君は詠唱を!」
誠司は二人を抱え、『最後の厄災』と距離を取ろうと退避する。その『最後の厄災』は——メルコレディの張った氷のドームをすり抜け、こちらに近づいてきていた。
「……くっ!」
今やこの空間中が『終焉の炎』に包まれていた。三人は必死で自分の役割をこなし続ける。
誠司は二人を抱え、庇うように逃げる。
メルコレディは氷を張り続ける。
エリスは退避用の出口を作るために詠唱を続ける——。
「……セイジちゃん……だめっ、勢いがっ……!」
メルコレディが苦しそうな顔をする。国ひとつを雪で覆うことも可能な彼女の力、それを一点に集中させてもなお、『最後の厄災』の炎の威力の方が上回るというのか——。
(……この二人だけは、何としてでも……!)
永劫とも思われる時間。誠司が覚悟を胸にした、その時だった。
エリスの言の葉は、紡がれた。
「——『空間を繋ぐ魔法』!!」
†
空間が開き、エリスとメルコレディを抱えた誠司が飛び降りてくる。誠司は全力で声を上げた。
「エリス、塞げえっ!」
「うんっ!」
エリスは落ちながら、杖を持つ手を交差させる。空間は縫い付けられたように閉じ、揺らぎは消えた。
着地の衝撃で倒れそうになるエリスとメルコレディ。その二人を、誠司は優しく支えあげた。
「……ふう……終わったな……」
「……ありがと、セイジ」
その状況を見た皆が、歓声を上げながら駆け寄ってくる——。
「エリスさん!」
「どう? 約束通り、無事に帰ってきたよ!」
「お疲れ、エリス。想定よりもだいぶ早かったね」
「ふふ。ライラが師匠に、『詠唱のコツ』、教えてもらってたからねえ」
そう言ってエリスはジョヴェディの方を見た。不思議な顔をするジョヴェディ。誠司はため息をつき、その場に座り込んだ。
「私にとっては、恐ろしく長い時間に感じられたがね」
「お父さん、よかったあ……」
「メル、よくやったわね」
「うん、わたし、頑張ったよ!」
それぞれを称え合う皆たち。グリムは口元を緩め、通信を通して声を届けた。
「——皆、ありがとう。根本的な解決にはなっていないが、とりあえず『最後の厄災』の無力化には成功した」
——そう。『最後の厄災』を倒すことこそできなかったものの、これでしばらく時間を稼ぐことはできるだろう。グリムは続ける。
「——これで、当面はドメーニカの問題だけだ。もし彼女をなんとかできれば、今封じ込めた『最後の厄災』も——」
パキ
——空間の、割れる音がした。




