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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第一部 第五章
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『厄災』来たりて 06 —死角の一撃—





「とおりゃあああぁぁっっ!」




 上空からの死角の一撃。


 掛け声と共に重力に任せたその一撃は、ルネディの肩口から胴体を両断する。


 ルネディは目を見開き、何が起こったのか分からないといった表情でそれを見る。吹き上がる黒い血飛沫ちしぶき。誠司を掴む影達の力が弱まった。


 上空から降ってきたそれは、地面に衝突する寸前でまるで水泳でターンをするかの様に身をひるがえすと、空中を蹴った勢いで誠司を抱えてその場を離れる。



「……莉奈、どうして……」


「誠司さん! 私、あの人斬っちゃったけど、斬っちゃってよかったんだよね!?」


 莉奈はルネディと充分な距離をとり、誠司を降ろした。


「……逃げなさい、早く」


「あっ! 誠司さん、酷い怪我。大丈夫なの!?」


 莉奈はポケットをまさぐる。


「逃げろと言っているんだ!」


「うるさいっ!」


 誠司の荒げる声を、ぴしゃりとさえぎる莉奈。


 莉奈は、ポケットからヘザーから受け取ったものを取り出し、無言で目を丸くしている誠司に振りかけた。


「ぐああっ!」


 あまりの痛みに上がる悲鳴。ルネディの攻撃を受けても、発する事のなかった悲鳴だ。


「これ、ヘザーから渡された回復薬。どう、染みるでしょ?でも、じかの方が効くんだってね」


 そう、この世界の回復薬は直に掛けると染みるのだ、ものすごく。


 ただ高価な分、効き目は抜群である。その証拠に、誠司の身体の傷らしい傷は塞がっていった。


 だが、その副産物として立ち昇る臭気に、誠司は思わずせてしまう。


「ゴホッ……あのな、莉奈。掛けるなら掛けるって言ってくれ……」


「ごちゃごちゃ言ってるからだよ。逃げるなら一緒。戦うのも一緒。アイツ、あのぐらいじゃ死なない、って聞いたけど?」


 莉奈はそう言ってルネディの方を見る。


 真っ二つにしたはずの彼女の胴体は起き上がり、そしてその分断面から何か影の様な者が伸び、結合しようとしていた。影達はルネディを囲み、守りに徹している。今、追撃を入れるのは難しそうだ。


「ああ。見ての通り、あの程度はすぐに修復してしまう。だが、莉奈のお陰で助かった。ありがとう」


 そう莉奈に素直に礼を言い、誠司は空を睨む。


「——月が沈むまで、まだ数時間は掛かる。耐え切るのは現実的ではないな……もう一度聞く、一人で逃げる気はないんだな? 私は戦うのをめないぞ?」


 その誠司の言葉に莉奈は思う——逃げればいいのに、と。命あっての物種だ。


 だが、莉奈は彼の頑固さを知っている。


 ——仕方がない、私も覚悟を決めるか。莉奈は深く息を吐いた。


「じゃあ、私も戦う。一緒に旅するって約束したでしょ? それが来てみたら、死にそうになっているじゃない。まったく。まさか約束、忘れた訳じゃないよね?」


 莉奈は冷ややかに、誠司を見る。


 だが、それは、莉奈なりの気遣いなのだろう。『厄災』相手に、危険をおかして飛び込んできてくれたのだ。


 正直、莉奈には逃げて欲しい——そう誠司は思う。


 だが、誠司は彼女の頑固さを知っている。


 誠司は口元を緩ませ、鼻で息を吐いた。


「まあ、な。では、手短に伝える。目標は、ルネディを粉微塵こなみじんにする事。そうすれば、最低でも数週間は身動きはとれまい。今日の所は、それで良しとする。君は空から援護してくれ。空なら基本的に安全だが、奴は『暗き刃の魔法』を使う。それには注意を。そして、あの影達に攻撃は効かない。掴まれない様に立ち回れ。私の様に照明魔法をまとえば、影の力を若干弱める事が出来る。それと、死ぬつもりはないが、万が一私が倒れたら、ライラを連れて全力で逃げる事。いいね?」


「うん、全然手短じゃなかったけど最後以外オーケー。誠司さんが死にそうになったら、有無を言わさず、全力で誠司さん連れて逃げるから」


 誠司は苦笑する。その時にそんな隙があるかどうかは別として、そう思ってくれるのは存外嬉しいものだ。


「頼もしいな。ああ、あと莉奈。奇襲する時に叫び声を上げない様に。奇襲の意味がなくなる」


「えー、だって気合い入るじゃん」


 莉奈は口を尖らせる。誠司も軽口を返そうとしたその時、ルネディの方に動く気配を感じた。


「——来るぞ」



 緩んでいた誠司の気配が、再び緊張を帯びる。影達が割れ、そこからすっかり元通りの姿になったルネディが歩いてくる。その双眸そうぼうは、赤く染まっていた。


「あはははは! 面白い人間ね。影達に周囲を見張らせてたのに、全く気がつかなかった! 私はルネディ。ねえ、不思議な娘、あなたは?」


「私は莉奈! 誠司さんの娘だ! ルネディとかいうちちデカ女め、私が相手をしてあげよう!」


 莉奈はルネディに小太刀こだちを向け、ビシッと宣言した。誠司は頭を抱える。


「おい……ふざけている場合じゃ……」


「——へえ、あなた、セイジの……あの女の娘なのね」


 莉奈の言葉を聞いた、ルネディの髪の毛が逆立つ。彼女の周りから影が立ち昇り、その暗闇の中、赤く光る二つの瞳が莉奈を睨みつけた。


「あ、怒らせちゃった? んじゃ、誠司さん、後宜しく!」


 そう言ってニヤリと笑い——莉奈は逃げるように空中へと飛び去った。


 肩透かしを食らったルネディは、誠司の方を向き、呟く。


「なるほどね。随分と面白いじゃない」


「……そりゃ、どうも」


 と、ルネディが誠司に意識を向けたその瞬間、彼女のこめかみをめがけ、ヒュンと矢が迫ってきた。それを寸前で、影が掴み取る。


「……本当、面白い娘」


 ルネディは、空を見上げる。その赤い瞳には、空に浮かぶ人影が光を身に纏い始める姿が映っていた。


「——さあ、仕切り直しといこうじゃないか」


 誠司は隙を見せたルネディにクナイを投げつけた。そのクナイは、ルネディの腕を穿うがつ。よし、息は大分落ち着いた。戦える——。


 誠司は刀を握りしめ、再び駆け出した。





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