対『最後の厄災』攻略戦 09 —迫る絶望の時—
「……くっ!」
グリムの振り下ろした『結界石』は、『最後の厄災』の肉体のみ——土塊の身体だけしか封じ込められなかった。概念的存在である本体は結界石の効果をすり抜け、その場にとどまっていたのだった——。
†
————…………。
「——なあ、アルフ。例えば『概念的存在』である妖精を倒すとした場合、どうやって倒せばいい?」
それは戦いの前、グリムが妖精王アルフレードと話し合った時のことだ。
グリムの質問を受けたアルフレードは、ふむと考え込む。
「それは簡単だ。攻撃や衝撃が加わると、妖精はすぐに消えてしまうよ。おかげで千年前、この森は絶滅しかけたんだけどね」
「……そうか。なら、例えば……相手が妖精よりも、もっと強い概念的存在だったらどうだろう?」
その質問を聞いたアルフレードは、静かに目を伏せた。
「……はっきり言ってもらって構わないよ、グリム。それは、十八年前にも現れた『『厄災』ドメーニカ』のことだろう?」
だが、グリムは、即座に否定した。
「いや、あれを『ドメーニカ』と呼称するのは適切ではない。十八年前も今も、あの存在は彼女ではない。『ドメーニカ』とは別の存在、『最後の厄災』だ」
グリムは見据える。真っ直ぐに、アルフレードのことを。アルフレードが目を開けると、その青髪の彼女は辛そうな瞳で彼のことを見ていた。
「……気を遣ってくれてありがとう。そうだね、強力な概念的存在か——」
アルフレードは再び目を閉じ、グリムに語る。
「——今も言った通り、妖精なら攻撃や衝撃でかき消すことができる。ただ、強い概念体だと……どうだろうね」
「……もし『実体』を与えることが可能な場合は、どうだろうか?」
グリムはそう言って、同じテーブルに座っているジョヴェディの方を見た。ジョヴェディは「ほう」とつぶやいて口元を緩める。
しばらく考えたのち、アルフレードは口を開いた。
「……『可能性はある』、としか言えないね。妖精で試してみてもいいけど、そもそもがすぐに消えてしまう存在だ。参考にはならないだろう。他には——」
彼は神殿の隅に置いてある『支配の杖』の方に視線を向けた。
「——『役目を終えた時』、概念的存在は消えるだろう。あの杖に宿っていたという存在もそうだ。もしカルデネやセイジが何もしなかった場合、あの存在は消えていただろうね」
『支配の杖』に宿っている存在——アカシアだ。彼は役目を終えるその時、誠司の『魂』の移動により存在の消滅を免れた。今はあの杖の中で眠っているはずだ。
「……そうか。『最後の厄災』の役目とは、なんだろうな……」
「……恐らく……彼女、ドメーニカの持っていた力は……ヘクトールの言葉を借りて言うならば『滅ぼす力』。仮に『最後の厄災』がその力の具現化した存在だったとした場合……世界の全てを滅ぼし尽くせば、『最後の厄災』は役目を終え消えるだろうね」
「……それはナシだ。それを止めるために、私たちは戦うのだから」
「——なら、あと一つ」
アルフレードはしっかりと目を開け、告げる。
「もし、その存在を生み出したと思われる、今は種に封印されているドメーニカ。その彼女の存在を消すことができれば、あるいは——」
「……却下だ」
言葉を遮り、グリムはつぶやく。しばらく二人は無言でうつむいていたが、先にグリムが口を開いた。
「……すまない。ただ、現状ドメーニカがいる部屋には入れない。外に『最後の厄災』もいるしね。だからその提案は、今は却下だ」
「……そうか。ただね、グリム、聞いてくれ——」
アルフレードは千年前の二人の姿を思い返す。
「——ドメーニカはね、ただファウスと一緒にいたいだけの、とっても優しい普通の女の子だったんだ。彼女は決してこんなことを望んでいないと思う。だから、お願いだ、グリム——」
そこまで言ってアルフレードは、大きく頭を下げた。
「——もし可能なら、ドメーニカを……そしてファウスを、楽にしてやってくれ」
懇願するその声は震えている。懇願するその肩は震えている。
グリムは瞳を閉じ——やがて首を横に振った。
「……選択肢の一つとしては考慮しておくよ、アルフ。ただ……どちらにせよ先に、『最後の厄災』を何とかしなくてはな……」
場に、沈黙が訪れる。
出された紅茶は、すっかり冷めきっていたのだった——。
†
——様々なことを試した。
ルネディの『影』の力も。メルコレディの『氷』の力も。
そして今も——。
「——『木に花を咲かせる魔法』」
ライラを中心に、腐毒花が咲き誇る。
莉奈とレザリアの持つ『無限の矢筒』。そこから大量にばら撒かれた木の棒に、ライラの魔法の効果は波及した。
あたり一面が紫色の瘴気に包み込まれる——。
「——『毒を無くす魔法』」
ライラは解毒魔法を自身に掛けながら見る。ズブズブと溶けゆく、『最後の厄災』の姿を。
だが——。
「ライラ、離れろ!」
「——『凍てつく時の結界魔法』!」
渦巻き再生する、『最後の厄災』の姿。その彼女は、ぎこちない『微笑み』を浮かべようとしていた。
「……ぬう」
ジョヴェディはうめく。わずか、ほんのわずかずつではあるが、『最後の厄災』は時止めの中で少しずつ動きを見せ始めていた。
それに気づいたグリムがジョヴェディに耳打ちをする。
「……気づいているか?」
「……うむ。抵抗力がついてきたのか、大気中の『魔素』量が関係しているのかはわからん。じゃが……」
「……ああ、いつまでも止めてはおけない、ってことだ」
迫り来るタイムリミット。苦渋の顔を浮かべるグリムの耳に、誠司から通信が入る。
『——……グリム君、次の手は?』
グリムは深く息を吐き——皆に通信を飛ばした。
「——……すまない。考えうる限りの全ての攻撃手段は試した。もう、打てる手がない。撃破は、諦める……」
その言葉に、皆は沈黙をする。それは、歌い続けていたクラリスでさえも。
そしてグリムは、歯を食いしばって次の指示を出した。
「——……それでは、事前に話し合った通り、『最後の厄災』の一時的な無力化を狙う——」
グリムの見つめる視線の先、そこには、エリスがいた。
その彼女に、血が出るほど唇を噛み締めながら——グリムは、指示を下した。
「——……すまない、エリス。十八年前の再現を……よろしく、頼む」




