対『最後の厄災』攻略戦 07 —切り札—
「ジョヴお爺ちゃん……!」
ライラが駆け寄り、ジョヴェディにぴょんと抱きつく。そして、顔を埋めながら嗚咽を漏らした。
「……ごめん、ごめんねえ……私、ジョヴお爺ちゃんのことを見捨てた……」
当然ではあるが、ライラが言っているのは『赤い世界』のことであって、今のジョヴェディには関係がない。
だが、その言葉を聞いたジョヴェディは——しばらく無言でいたあと、鼻を鳴らして少女の頭に手を置いた。
「……フン。お主の言っていることはワシにはわからん。じゃがな、気にするな、ライラよ。お主は——」
ジョヴェディは一瞬言い淀んだあと、ライラに語りかけた。
「——戦い、そして、勝ったんじゃろ? よくぞ頑張った」
「…………!!」
ライラは驚き、顔を上げ、ジョヴェディの顔を見る。あの時、赤い世界でのジョヴェディの言葉——
——なあ、お主は今……戦っておるのじゃろう?——
真っ直ぐな少女の視線を一瞥したあと、ジョヴェディは前を向いた。
「さあ、お主の出番もありそうじゃな。気を持ち直せ」
「……うんっ!」
ライラは目を拭い、杖を握り直す。
切り札的存在、ジョヴェディ——その彼は、他の魔女のところにも出現していた——。
†
ここはセレスの担当場所。そこに現れたジョヴェディの『分身体』は、セレスの結界点を引き継いだ。
「久しいのう、『東の魔女』よ……ふむ、さすがじゃ。よく練られておるのう」
結界点の様子を確認しながら感嘆するジョヴェディ。セレスにとっては中央部での決戦以来の再会だ。
セレスは息を吐いてその場に座り込む。
「……ありがと。本当に来てくれたのね」
「……まあ、な。青髪が約束してくれたからのう。そのためなら、な」
ジョヴェディが来ることは事前に聞かされてはいた。
グリムの語った、『時を止めたあと、取るべき手段』。それをするのに、彼の存在は必要不可欠なのだから。
魔力回復薬を飲むセレスを尻目に見ながら、ジョヴェディは笑みを浮かべた。
「すべて片付いたら、お主とも再戦しようか」
「……遠慮しておくわ。サシならどっちが上か、はっきりしてるでしょう?」
「……クックッ。ワシと互角に渡り合った者が、何を言う」
そう言いながらジョヴェディは、結界点に力を注ぎ込んだ。
†
ここはエリスの担当場所。
「いらっしゃい、ジョヴェディ。待ってたよ!」
「……フン。青髪が言っとったが、本当に復活しとったとはのう」
ジョヴェディの分身体はエリスと場所を引き継ぎ、結界点に杖を立てる。そして、目を細めて彼女を眺めた。
「しかし、本当か? ワシとの『再戦』、引き受けてくれるというのは……」
「ふふ。いいよ、全部終わったらね。あなた、私と戦いたがってたもんねえ」
ジョヴェディにとって、情景の存在であるエリス。彼は以前、彼女との再戦を願うばかりにこの地を脅かした。
「そのためにはまず、此奴をなんとかしなくてはのう」
「頼りにしてるよ、ジョヴェディ!」
ジョヴェディの肩をポンポンと叩くエリス。ジョヴェディは口角を上げ、彼女を愛おしむかのように見つめた。
「……ワシが何とかする。じゃからもう、死ぬなよ、エリス」
「……うん。約束するよ、ジョヴェディ」
そう返事をするエリスの瞳を覗き込んだジョヴェディは、静かに目を瞑った。
「フン」
彼は鼻を鳴らし、結界点に力を注ぎ込んだ——。
†
ここはハウメアの担当場所。
現れたジョヴェディの分身体に、グリムが声をかける。
「やあ、待っていたよジョヴェディ。協力、感謝する」
「フン、青髪よ。復活したエリスと戦わせてくれるというのなら、このくらい容易いことじゃ」
そう、グリムは交渉した。この『稀代の魔術師』、ジョヴェディと。
ジョヴェディがどこにいるか。それは、赤い世界を経験したライラが予測していた。恐らく、妖精王アルフレードのところに訪れると。
そしてその予測通り、彼は来た。その彼をつかまえて、『エリスとの再戦』を材料にし、今回の協力を願い出たというわけだ——。
ジョヴェディはハウメアと交代し、結界点に杖を立てる。その具合を確認して、ジョヴェディは満足そうに頷いた。
「さすがは『北の魔女』、氷人族の血を引くだけのことはある。完璧な結界じゃ」
「恐れ入るよ、ジョヴェディ。それで、何とかなりそうかなー?」
「フン、待っておれ。ビオラのところの結界を念の為、上書きしておく」
無言。ジョヴェディは動きを止める。ビオラの場所の結界に集中を始めたのだろう。
——全ての魔法を扱えるジョヴェディ。『凍てつく時の結界魔法』の理をも知る彼ならば、このように他人の作った結界点の引き継ぎを行うことができる。
莉奈が小声で囁いた。
「……ねえ、グリム。あの人、全部の魔法使えるんだよね?『胸を大きくする魔法』も使えるのかな?」
「……聞こえておるぞ、燕よ」
「ひっ!」
「フン、アルフレードが作ったワシの知らない魔法のせいで、新たな生き甲斐ができたわい」
そう言ってジョヴェディは、楽しそうに笑った。
「……クックッ、ではいくぞ。改めて……『凍てつく時の結界魔法』、発動!!」
——まばゆい光が辺りに満ちる。
その瞬間——『最後の厄災』の微笑みが、完全に凍りついた。




