対『最後の厄災』攻略戦 05 —初動—
「——『転移の魔法陣』、起動!」
ハウメアが声を上げ杖をつくと、一同は光に包まれた。
そして——。
「…………!!」
赤々とした光景。頑丈な石造りの部屋は形を保ってはいたが、周囲はところどころが崩れ落ちており、そこからは天を突くほどの炎が立ち昇っている様子がうかがえた。
「……渦巻く炎の中心部、目の中でさえこれだ。急ぐぞ、メルコレディ」
グリムの合図で、メルコレディは腕を大きく上げてくるりと回した。一瞬にして部屋の中が凍りつく。
「フィア、サンカ、ルー」
続けての呼びかけを受けて、氷竜三人娘は竜の姿になり飛び立った。前回のヘクトール戦で空いた天井の大穴を抜け、氷のブレスを吐き出していく。
「莉奈」
「はいはーい!」
莉奈はグリムの呼びかけを受け、周囲に意識を飛ばして『最後の厄災』の位置を探し出す。その間グリムは自らの腕を切り落とし、端末を増やしながらクラリスに呼びかけた。
「クラリス、さっそく始めてくれ。皆に、力を」
「コホン。では、おっ始めますねー!」
——クラリスの透き通った歌声が、凍りついた部屋に響き渡る——。
彼女の歌声を聴いた皆は、活力がみなぎってくるのを感じ取った。グリムは注意深く観察する。
(……炎の勢いが強まった様子はない。少なくとも、声の届かない位置でならクラリスの歌は使える、か)
その時、莉奈が声を上げた。
「……いた! グリムが最初に見た場所に……うわ!」
莉奈は一歩後ずさる。どうしたかと周囲の視線を集める中——軽く頭を振った彼女は、唾を飲み込んで皆に告げた。
「……いたよ、『最後の厄災』。あの娘、立ち上がってこっち見て『微笑ん』でいた……」
†
しばらくして、飛び回っていた氷竜娘たちが帰ってきた。
ところどころ火傷を負っていた彼女たちを、構えていた魔女たちが回復する。
「——『傷を癒す魔法』」
「……ふう、すごいわね。この付近は一面凍らせてきたけど、このままだとすぐに溶かされてしまうわ」
肩をすくめてボヤくフィアに、グリムは真面目な顔でうなずいた。
「ああ、時間との勝負だ。手筈通り、よろしく頼む」
「…………了解」
再び竜の姿を形取る、ルーを始めとする娘たち。その三人の背に、エリス、セレス、ビオラが飛び乗る。
「じゃあ、行ってくるねー!」
「エリス、キミは撤退用のゲートの構築も忘れないでくれ」
「もちろん!」
グリムに返事をし、飛び立つ氷竜と魔女三人。
それを見送った莉奈は、ハウメアを羽交締めにした。
「さ、行きますよ、ハウメアさん!」
「……ほんとに飛び降りるの?」
「大丈夫です、メルもついていますから!」
高所恐怖症のハウメアは、氷竜の背に乗って飛び立つ役割を全力で拒んだ。なので、その必要のない場所を任されたのだが——。
くるり。
メルコレディが指を回すと、いくつもの氷柱が空中に浮かび上がった。彼女が手を振り下ろすと、それらは脆くなった壁を打ち砕き大穴を空ける。
「じゃ、ハウメアさん、GO!」
「——……やめてえぇぇっっ〜〜……」
莉奈は穴から飛び立ち、ハウメアの絶叫がだんだんと遠ざかっていく。
それをため息混じりに確認したグリムは、残ったメンバーに呼びかけた。
「では、私たちも行くぞ。メルコレディ、氷の滑り台を作ってくれ」
†
「……あの、リナちゃん。『空間跳躍』ってやつ使えば、飛び降りる必要なんてなかったんじゃ……」
「……あっ」
抜けかけた腰を懸命に支えるハウメアの言葉を聞き、莉奈は固まる。いつもならここで言い訳の一つでも言うところだが、事態が事態だ。
莉奈はハウメアに軽く頭を下げて、各魔女のところへと意識を飛ばす——。
セレスはサンカと共に、所定の位置についている。ビオラもルーと共に待機中だ。彼女たちは氷竜のブレスに守られながら、魔法の詠唱の準備を始めていた。
そして、エリス。彼女も氷竜フィアのブレスに守られながら詠唱をしていた。彼女はまず、ゲートの構築。いざ撤退となった時は、そこを潜り抜け逃げる手筈になっている。
莉奈は意識を戻す。メルコレディが先に降りてきて、この付近に炎を防ぐ氷壁を作り上げていた。城の大広間からは次々と皆が氷の滑り台で降りてくる。増えているグリムの端末が、滑り降りてきた皆を支えるように受け止めていた。
順調だ。ここまでは事前に話し合った通り。莉奈は改めて、『最後の厄災』へと意識を飛ばす。
彼女は——。
『——……エリスさん!』
莉奈はたまらず、エリスに向かって声を飛ばした。『最後の厄災』は——そう、エリスの方を真っ直ぐに見て微笑んでいたのだから——。
エリスを狙って真っ直ぐに伸びていく終焉の炎。強大な炎の壁が、エリスたちへと向かって押し寄せる。
『…………!!』
氷竜フィアの吐き出す氷のブレスが押し返されていく。苦悶の表情を浮かべるフィア。
そんな彼女の横に立ち、エリスは竜の身体に優しく触れた。
「大丈夫だよ、フィア。あなたは上空に避難してて」
『——エリスさんっ!』
ここでの会話が聞こえているのだろう。莉奈の悲痛な叫びがエリスの脳内に響く。
彼女は皆に向け、通信を立ち上げた。
「——いい? 合図から二十秒。それまでに『凍てつく時の結界魔法』を発動するからね」
『——エリス!』
誠司の通信が聞こえる。その声を聞き、エリスは口元を緩める。
「——大丈夫だよ、セイジ。私の『身を守る魔法』は強力だから。それに——」
エリスは目を細め、不敵に笑みを浮かべた。
「——どこまで持つか、私は身をもって体験している。じゃあ、みんな……よーいドン!」
それを合図に、氷竜フィアが氷のブレスを吐きながら上空に飛び立つ。炎の壁に飲まれるエリス。
その光景を、飛ばした意識で見る莉奈の肩に——グリムの手が置かれた。
「莉奈、キミが合図をするんだ」
……十七……十六……十五…………
意識を飛ばし、各人の状況をリアルタイムで把握できる莉奈。そして、声を即座に届けられる莉奈。
大役だ。莉奈はうなずき、各魔女へと意識を向ける。
……十二……十一……十…………
ハウメア、準備完了。セレス、準備完了。ビオラ、準備完了。エリスは——
……八……七……六…………
——エリスの姿は炎に包まれて見えない。莉奈は意識をもっと深くまで飛ばす。
エリスは——
「オーケー!」
彼女の声が、届いた。莉奈は急ぎ全員に声を飛ばす。
……四……三…………
「——GO!」
莉奈の声が、ハウメアに、セレスに、ビオラに、そしてエリスの脳内に響き渡った。
——そして、彼女たちの言の葉は、紡がれた。
「「——『凍てつく時の結界魔法!!』」」




