秋桜は炎に揺れる 06 —日常②—
ひと通り必要なものを買い終えた私たちは、街をぶらつく。私は隣を歩くポラナに話しかけた。
「夕方までまだまだ時間あるねえ。どうする? ポラナの仲間の人たちのところに行ってみる?」
「ううん、どんな顔で会えばいいかわからないし、みんなが元気だったらそれで。それに今、うち、やることあるしね」
「そっかあ」
ポラナの仲間とは、私たちの住処『魔女の家』に攻め込んできた魔法国の人たちのことだ。
彼らの中には犠牲になった人たちもいるらしい。操られていたとはいえ、彼らを率いていたポラナとしては複雑な心境なのだろう。
(……ポラナも『悲しい罪滅ぼし』をしようとしてるのかもなあ……)
私はルネディたちのことを思い出す。ヘクトールの手により『厄災』化させられ、多くの人を苦しめた彼女たち。改めて思う。ヘクトールの罪は、重い。
「そういや、グリム。ルネディはこの街にいるの?」
「いや。数日間はいたが今はアルフのところに帰ってるよ。ただ万年氷穴に繋がるゲートができたから、後日家に顔を見せるんじゃないかな?」
「あー、だったら会えそうだね」
この街にまだいるんだったら一緒に街歩きをしたかったけど、いないものはしょうがない。私は二人に視線をやり、微笑んだ。
「じゃあ、お昼ご飯にしよっか。クレープだけじゃお腹空いちゃうもんね」
†
——『妖精の宿木』。サランディアでお昼といったらここでしょ。
私たちが扉を開けて店の中に入ると、慌ただしく駆け回っているウェイトレスの人がこちらを見て声を上げた。
「いらっしゃーい! お食事で……す……か……?」
私たちの姿を見てピタリと動きを止めるウェイトレスの人。その笑顔は引きつっている。あれ? 初めて見る人だけど、なに?
これ、もしかしていつものパターンか? と、私は慌てて服装をチェックする。いや、白いマントは今日は身につけていない。それにまだ私の顔自体はそこまで広くは知られていないはずだ。ただ、私の預かり知らぬところで『白い燕』伝説はどんどん一人歩きしてるんだけど——。
困った私が振り返ると、ポラナがウェイトレスさんと目を合わせて固まっていた。あれ? 私じゃない?
その時、聞き慣れた怒声が響いた。
「こら、ノーラ! この忙しい時に油売ってんじゃないよ!」
「ひゃいぃっ!」
慌てて駆け出していくノーラと呼ばれた人。その後ろから、のしのしと歩いてくる威圧感のある女性に、私は挨拶をする。
「こんにちは、レティさん! 食事ですけど大丈夫ですか?」
「いらっしゃい、リナちゃん。今日は買い物かい?」
私たちの抱えている荷物に目線をやり、この宿の女主人レティさんは微笑んだ。私も釣られて笑顔で返していると、グリムが前に出てきた。
「やあ、レティ。三人の様子はどうかな?」
「ああ、よく働いてくれてるよ。昼は人手が足りなかったからね、こちらとしても大助かりさ」
ちょっと待て、どういうことだ?
そのように困惑する私の背中を、レティさんは叩いた。
「さ、ゆっくりしていってくれ。いつも通り、おすすめランチでいいかい?」
私たちは通された席に座る。ぎこちない笑顔を浮かべたノーラさんが水を運んでくれ、ガタガタと礼をしながら去っていった。
私はその背中を見やりながらポラナに質問をした。
「ねえ、ポラナ。あの人、知り合いなの?」
その質問を受けたポラナは、気まずそうに頬をかいた。
「……あはは。多分、あの人……ロゴール国のスパイの人……なんて……」
「はあっ!?」
思わず声を上げてしまう私。ハッと慌てて周りを見るが、大丈夫、喧騒に包まれている。今度はポラナがグリムに尋ねた。
「……あの、グリム。なんか知ってるみたいだけど、どういうこと……?」
その質問にグリムは水で喉を潤し、私の方を見た。
「莉奈。『魔女狩り』が始まる前、サラがこのサランディアに潜んでいた間者を炙り出したって話はしたよね」
「うん、あー、確か三人いたんだっけ……って、まさか」
私の考えを肯定するかのように、グリムは口角を上げた。
「ああ。ロゴール国の間者、ノーラ、フランク、マルコの三人はここ『妖精の宿木』で更生に励んでもらっている。下手な刑務所より効果が期待できるぞ?」
グリムの話をまとめると、三人はスパイであることがバレた以上、本国へは帰れないと泣きついてきたそうだ。
そこでグリムは思いつく。ここの女主人レティなら、彼らを悪いようにはしない、いや、悪いことなんて考えさせないだろうと。まあ、私もそこは同意するけど。
この『妖精の宿木』は繁盛して人手が不足している店だ。遅番のアナが早番に引きずり出されるくらいには。
なので国からの依頼ということで安く使えることもあり、レティさんは喜んで身元を引き受けた、とのことである。
「……はあ、なるほどねえ。あの三人、大変だあ……」
「……姉さん、レティさんって何者?」
私たちは運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながらヒソヒソと会話をする。途中、厨房から男の人がこちらをうかがうように顔を出したが、すぐに首根っこをつかまれ奥に引っ込んでしまった。
「ま、彼らも新しい人生を歩み始めることが出来たんだ。祝福してあげようじゃないか」
「……祝福……ね、はは……」
ただ、スパイとして捕まった彼らにとっては最上の選択なのかもしれない。
私は思う。
ヘクトールの仕掛けた戦争、『魔女狩り』。特に、利用されたロゴール国にとってその爪痕は尋常ではないだろう。
でも——。
(……こうしてゆっくりと、傷跡は癒えていくんだろうなあ……)
私たちは料理を平らげ、平和な街並みへと歩き出すのだった——。
日常回のうちに宣伝。
本作登場のレザリアさん。そんな彼女が誠司に釘を刺されなかった(=『厄災』が出現しなかった)世界線のお話、
パーティを追放されそうになったので土下座をしたがもう遅い! 〜私を追放したパーティが『ざまぁ』展開に陥らないよう、射撃性能SSSの私が陰ながらパーティを手助けします!〜
を投稿しました。作者ページから飛べると思います。レザリアファンの皆様は、是非。