秋桜は炎に揺れる 04 —静かなるひと時—
「ごちそうさまでしたー!」
私は手を合わせ、感謝を捧げる。久しぶりの我が家での食卓。この日の夕食は私とレザリア、そしてエリスさんが用意した。
ヘザー時代のエリスさんも料理は上手かったけど、やはり『味見』が出来るのと出来ないのとじゃ、その仕上がりは雲泥の差だ。なんかエリスさん、味見ばっかりしていたような気もするけど。
調理をしている間、ライラが柱の陰から私たちが調理する様子をうかがってたけど、私が視線を向けるとすぐに引っ込んでしまうので気づかないフリをしてあげた。
でもそっか、そろそろライラに料理教えてあげてもいいかもなあ。でも、こういう場合は母親であるエリスさんが味の継承をした方がいいのか? うーん、まあ現状、私は絡めないんだけど……。
そこいら辺の話もエリスさんとしなくちゃなあ——。
私は改めて想像の中にしかなかった家族というものを実感し、頬を緩めるのだった。
全員の夕食も終わり。食器の片付けを手伝ってくれているポラナは、急にポロポロと泣き始めた。
「ど、ど、どうしたのポラナ!?」
「……姉さん。うち、二十年近く地下に引きこもってたじゃん? こんな料理らしい料理食べるの、ホント久しぶりで……」
「……あー」
どうやら地下にこもってからの魔法国の生活水準は、著しく低かったらしい。彼女たちは存在を秘匿して生きてきたのだ。ポラナの話を聞く分に、常にギリギリの生活を送っていたみたいで。
馬車の旅路でも食事の度に彼女は感動していた。そしてイベルノでの宴——彼女、めっちゃ食べてた。
まあ、しばらく彼女とは一緒に生活を送ることになるのだろう、たんと満喫おし。私はこの新しい妹分——ポラナの方が全然年上だけど——に、提案をしてみた。
「じゃあさ、うち温泉あるんだけど、一緒に行こっか!」
†
「……姉さん、うち、幸せだあ……」
ダァーッと涙を流しながら湯船に浸かるポラナ。私は夜空をぼんやりと眺めながら彼女に返す。
「……そうでしょ、そうでしょ。温泉ってねえ、気持ちいいんだよー」
久しぶりの温泉。事故要素のない温泉。
まず、誠司さんとライラが『在るべき姿』に戻れたことで、ライラの寝落ちハプニングはなくなった。これは大きい。
ちなみにライラも温泉に誘ってみたんだけど——。
——『ライラ、温泉行くけど一緒に行く?』
私の言葉を聞いたライラは上目遣いで私のことを見ながら口を開きかけたけど——クルリと背中を向けてパタパタと去っていってしまった。もう少し時間が必要なのかもしれない。
そしてレザリア。温泉プラス彼女の組み合わせは非常に危険なのだが、誠司さんが初期段階で釘を刺してくれたこともあり、温泉での彼女はおとなしくしていることが多い。あれがなかったらと思うとゾッとする。
とりあえず今回はレザリアが家事をしている間に温泉にきた。おとなしくしているとはいえ我が家のトリックスター、初見のポラナの前では何をしでかすかわからない。安全策をとった形だ。
あとは、私の暴走。どうしても胸の大きい人と一緒に入ると、私の中の何かが暴走するようだ。ただ、目の前のポラナはそんなことはない。私よりは全然あるんだけど、許容範囲内だ。
「ねえ、姉さん。普段はみんなで入ってるの?」
「うん、時間が合えば、って感じかなー……。まあ大抵みんな、時間は持て余してるんだけどねえ」
ただ、誠司さんが『在るべき姿』に戻れたことにより、入る時間にも少し気を遣う必要があるかもしれない。
今までは深夜が誠司さんの時間だったから問題なかったんだけど、誠司さん専用の温泉時間を作るか——。
(……はあー、もう何事もなければ良かったのになあ……)
在るべき家族の形。誠司さんとライラは言わずもがな、エリスさんの身体も戻って今が一番幸せなんだよなあ、としみじみ思う。ようやくたどり着いた幸せ。私にも家族ができて、友人ができて。
「……ちなみにポラナはさあ……『トキノシズク』作って落ち着いたら、どうするの?」
「……うーん。魔法国のみんなの様子は見に行きたい……かな。でも、うち、ヘクトールのジジイに操られてたから……」
湯面に顔をつける勢いでしょげかえるポラナ。確かに完全に目が覚めた今、元通りの関係というのは難しいのかもしれない。良い悪いは別として、何らかの変化は必ずあるはずだ。
私は変わらず夜空を眺めながらポラナに言った。
「……じゃあさ、ポラナ。もし帰る場所がなかったら、うちに帰っておいでー」
「……ほら、やっぱ姉さん、優しいし」
明日は彼女と『トキノシズク』の作成に必要な道具を揃えるために、サランディアでお買い物だ。楽しみだなあ。
「……そういや今回、何も起きないねー」
「何の話、姉さん?」
「うん、聞いてよポラナー。初めての人と温泉入るとね、大抵ロクなことが——」
訪れた束の間の平穏。この時間を守るために、あともう少しだけ頑張らなきゃなあ——私は星を眺めながら、そんなことを考える。
そしてこの平穏な時間は、翌日、打ち砕かれることになるのだった——。