戦いを終え 12 —六つの罪、一つの功—
「……彗丈……」
誠司は複雑な視線で去っていくヘザー人形を見送った。莉奈が誠司のもとに駆け寄って尋ねる。
「追っかける? 誠司さん」
「……いや……。なあ、グリム君。拘置所の彗丈の様子はどうだ?」
誠司に問われたグリムは、軽く肩をすくめた。
「私の端末がずっと見張っているが……ここに来るまでも、そして今も、彼は椅子に座り、ずっと無言でうつむいているよ」
「……そうか」
誠司は目を伏せ、大きく息を吐いた。そして、ハウメアに向き直った。
「……なあ、ハウメア。お願いがあるんだ」
「なんだい、セイジ」
「彗丈の処罰だが……極刑だけは勘弁してやってくれないか」
目を逸らして、誠司は苦しそうに漏らす。その言葉を受けたハウメアは、ちらとエリスの方を見て尋ねた。
「一応、聞かせてもらおうか。理由は?」
「……すまない。先日のグリム君の論告やライラの味わった苦しみを考えると極刑も当たり前だとは思うんだが、それでも——」
誠司は苦しそうな表情でうつむいた。
「——私の数百の死よりも、今こうしてエリスがいることの方が私にとってはよっぽど価値があることなんだ」
言葉に出して、歯を食い縛る誠司。ハウメアがジッと見つめる中、グリムが誠司に問う。
「いいのかい、誠司。キミが一番の被害者なんだぞ?」
「……わかってる。他の世界のことやライラの受けた苦しみを考えると、私の考えは甘いのかもしれない。それでも——」
誠司は顔を上げ、エリスを見た。
「——彗丈がいなければ、エリスは失われたままだった」
沈黙が訪れる。ハウメアはフッと息を吐き、ライラに尋ねた。
「ねえ、ライラちゃん。あなたはお父さんの考え、どう思う?」
「……うん。私はよく、わからない。でも……私も世界を……見捨てて……」
そこまで言って、ライラはエリスに抱きついて顔を埋めた。そんな娘の頭を撫でながら、エリスは言う。
「だいじょうぶだよ、ライラ。お母さんが今こうしているのは、あなたのおかげなんだから」
顔を埋めたままコクリと頷くライラ。その光景を見つめながら、ハウメアはグリムに尋ねた。
「ねえ、グリム。改めてあなたの考えを聞かせてもらってもいいかな?」
グリムは視線を母娘に向けた。愛おしそうにライラを抱くエリス。それを見ながらグリムは口を開く。
「この事実を知っても、私の彗丈への基本的な評価は変わらない。彼の罪が許されるわけではないし、彼の能力が危険であることに変わりはない。彼は厳正に裁かれ、管理されるべきだと思う。だけどね——」
グリムは目を細めた。
「——彗丈の行動が、この奇跡をもたらしたこともまた事実だ。彼の存在は皮肉にも、予測不能な混乱と、そして予期せぬ結末をもたらした」
「それで?」
ハウメアは優しい目でグリムを見る。グリムはその視線を真っ直ぐに受け止めた。
「彗丈の罪は罪として裁かれるべきだが、彼が残したこの『お詫び』が最大の希望となったという事実は、複雑な思いと共に受け入れよう。だから、ハウメア——」
グリムは、ハウメアに向かって跪いた。
「——私は誠司の意思を尊重したい。厳重な監視はもちろん、彼の操るヘザー人形の動向しだいにはなるが……どうか誠司の、当事者の意見を汲み取って欲しい」
陳述を終え、頭を下げるグリム。それを見たハウメアは、彼女の前にしゃがみ込んだ。
「もちろんさ、グリム。わたしの一存では決められないけど、極刑にはならないように働きかけてみるよ。ただし——」
ハウメアは苦笑いを浮かべる。
「——彼が人形を使って何かをしようとした場合、その時は有無を言わさず止めさせてもらうよ」
「ああ、もちろん。その役目は、監視している私の端末に任せてくれ」
死罪にならない限り、彗丈は好きに人形を動かせる。だが、二人ははっきりとは口に出さないが、彗丈本人が死ねば動かしている人形の動きも止まるはずだ。いざという時は、その対処が必要となるだろう。
こうしてひと通りの話し合いが終わったところで、エリスがパンと手を叩いた。
「じゃあ、とりあえず戻ろっか。私、お腹すいちゃった!」
「そうだな、エリス。君にとっては十八年ぶりの食事になるのか?」
「そうなんだよねえ。ライラの身体を借りた時、何か食べとけばよかったってずっと後悔してたんだー」
「えー、お母さん。言ってよー。私、いつでも身体貸したのに——」
和気藹々と話す、在るべきはずであった家族たち三人。その光景を優しく見つめながら莉奈はグリムに漏らした。
「……この光景を見たら、何も言えないね、グリム」
「……ああ。『厄災』の復活を六つの罪だと定義するのなら、『エリス』の復活も一つの功績として認めてあげなくてはな。まったく、本当に理解できない男だよ、彗丈は」
エリスが誠司とライラの手を引っ張ってやってくる。そして、莉奈たちに満面の笑顔を向けた。
「じゃあ、帰ろ! イベルノへ、そして……私たちの家、『魔女の家』へ!」
†
出口のない空間——。
『滅びの女神の断片』は渦巻く終焉の炎の中、微笑み続けていた。
もうすぐだ、もうすぐ、『破壊』できる——。
彼女はその無機質な顔に、歪な『微笑み』を浮かべるのだった——。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第一章完。引き続き第二章、お楽しみいただけると幸いです。よろしくお願いします。




