戦いを終え 11 —罪は語る—
「……エリス、こっちに来てくれ」
「……うん」
エリスの肉体の前に立つ、誠司とヘザー人形のエリス。ハウメアは佇む身体の後ろに回り、そっと支えた。
「長老」
「うむ、——『全ての魔法を解除』」
長老が杖をトンとつくと、『凍てつく時の結界魔法』の効果が消えエリスの肉体が倒れかかる。ハウメアはそれを支え、椅子に座らせた。
「さあ、セイジ」
「……ああ。エリス……力を抜いてくれ……」
ヘザー人形のエリスも椅子に座り、静かに目を閉じる。その彼女の身体に誠司は手を差し出して——彼女の『魂』に触れた。
莉奈は、ライラは、グリムは、ポラナは静かに見守る。目の前で行われている、神秘的な儀式を。
誠司はそっと、『魂』を支えるように移動させる。そしてエリスの『魂』を、彼女の肉体に優しく押し入れた。
一瞬の光が、彼女の身体を包み込む——……。
やがて椅子に腰掛ける彼女は、ゆっくりと目を開け、伸びをした。
「……んー、ふう……」
その様子を見守っている皆の顔に、笑顔が広がり始める。エリスは手を突き出して広げ、パチクリと瞬きをした。
「……うん、私だ。これ、私の身体だ」
「エリス!」
「お母さん!」
駆け寄り、椅子に座る彼女を抱きしめる誠司とライラ。エリスは家族を優しく受け止め、困った笑顔を浮かべた。
「もう。さっきまで一緒だったでしょ?」
「……いや、それはそうなんだが……本当に……よかった」
「……お母さん……暖かい……」
涙を流しながら寄り添う夫と娘。しばらく二人の背中をポンポンと優しく叩いていたエリスは、二人が落ち着いた頃合いを見計らって立ち上がった。
「ありがとね、ハウメア。大変だったよね」
「……エリス。あなたがやってくれた事に比べればこれくらい、訳ないさ……ありがとう、エリス」
「ふふ、どういたしまして。でもねえ、おかげでねえ——」
エリスは手短に詠唱を終える。
「——『揺らぎの魔法』」
彼女が言の葉を紡ぎ終えると、目の前の空間が揺らめいた。それを見て、タカタカと足踏みをするエリス。
「くうーっ! 魔法が使えるって、なんて素晴らしいことなんだろ! 私ね、ずっと我慢してたんだあ!」
「あはは、エリスらしいねー。あなた、本当に魔法が好きだったもんねー」
先輩であるハウメアと、後輩エリスの他愛もない会話。
誠司からしてみれば懐かしい光景。その他の者にとっても、ヘザー時代と比べて生き生きとした彼女の姿。
よかった、本当に。魔法を愛する彼女、エリスは、今ここに、『在るべき姿』で——。
ガタ。
物音がした。その場にいる全員がそちらを向くと——
——『魂』を抜かれたヘザー人形が、立ち上がっていた。
『どうだい、誠司。僕からのささやかなプレゼントは、気に入ってもらえたかい?』
人形師、『自分の作った人形にアクセスする能力』の持ち主である、椿 彗丈だ。
†
皆は距離を取り、身構える。
特に、この人形と共に生活をしていた者は知っていた。この人形は、恐ろしいほどまでの物理的な力を持っていると。
警戒する一同。しかしその様子を気にすることなく、ヘザー人形は満足そうにうなずいた。
『まあ、いろいろあったけど、これでめでたくハッピーエンド、ってわけだ』
誠司は刀の柄を握ったまま、ヘザー人形——いや、彗丈に問いただす。
「……教えてくれ、彗丈。お前はいったい、何が目的だったんだ?」
『はは、目的も何もない。友達として、当然だろう?』
そう言ってヘザー人形は歪な笑いを浮かべた。中に入っている者が違うとここまで印象が変わるものなのか——その場にいる者全員が同じ気持ちを抱いた。
顔をしかめながら誠司は彗丈に語りかける。
「……彗丈、これについては感謝する。しかし、何故だ。何故、こんな回りくどいことを……」
『……そうだね。確かに回りくどいよな。ま、聞いてくれよ——』
彗丈は語る、この一連の顛末を——。
『僕が『偽りの人形師』に目覚めたのは十年ほど前。その力に目覚めた時、真っ先に思いついたのがエリスさん、あなたの復活だ』
「……なぜ、エリスを……?」
『当たり前だろう? あの時、言ったはずだぜ。『君が望むなら、エリスさんの姿は僕の記憶にある。彼女の姿をした人形を再現してみせる』ってね』
「……エリスの人形を、作ったのか」
『ああ、もちろん。君はあの時断ったが、いつ心変わりをしてもいいように、僕は記憶が鮮明な内に『エリス人形』を作っておいたのさ』
相変わらずの不遜な態度、物言いではあるが、彗丈の言葉にはどこか寂しさが混じっているように感じられた。
『そして僕は『偽りの人形師』を使用した。でもね、誤算があったんだ——』
そこまで言って、彗丈は息を吐く素振りをした。
『——僕のこの力は、『魂』を二つ存在させることができない。あわよくばヘザー人形から『魂』が移り変わるかと期待したけど、そう上手くはいかなかった。本物にしたエリスさんの身体は、抜け殻だったんだ』
「……力を使う前に言ってくれれば……」
『……はは。驚かせたかったのさ。君の喜ぶ顔が見たくてね』
力なく笑う彗丈。ヘザー人形は口角を上げ直し、続きを語る。
『さて、焦った僕は考えた。このままだと彼女の身体を維持できない。そこで思いついたのが、『凍てつく時の結界魔法』を使える、ハウメア、あなた達種族の存在だ』
「……なら、なんで素直に言わなかったんだい?」
そのハウメアの問いに、彗丈は目を伏せた。
『……思いついてしまったからね。『厄災』の復活、僕の罪ってやつを。なら、エリスさんの肉体は最後にとっておきたい。僕の欲望に付き合わされる、誠司へのプレゼントとしてね』
「……彗丈。お前はどこまでもゲーム感覚だったんだな」
失望の息を吐く誠司。その彼に彗丈は、悪びれずに言った。
『すまないね。でも、物語はハッピーエンドであるべきだろう? 君の物語は最後には幸せになって欲しい、本気でそう願っている。ま、僕の物語はバッドエンドを迎えるけどね』
「……………………」
自嘲しながら語る彗丈の言葉に、周りは引く。やはり彼は異常だ。行き過ぎた力を手に入れたせいか、倫理観・現実感をどこかに置き忘れてきたようだ。
『さて、僕からは以上だ。この人形は返してもらうよ』
「彗丈!」
一瞬だった。彗丈の操るヘザー人形は飛び跳ね、部屋の入り口の外にまで到達していた。
『じゃあ、誠司、エリスさん、お幸せに。元気でやるんだぜ』
そう言い残し、皆が止める間も無く、ヘザー人形はこの場を去っていったのだった——。




