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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第八部 第一章
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戦いを終え 10 —抜け殻—





「……エリス……の身体、なのか……?」



 震える目で目の前の光景を見る誠司。


 見間違うはずもない。青白い光に照らされるその部屋の中央には、あの日のエリスの身体が静かに佇んでいた。


 ハウメアが杖をつき前に出る。


「……セイジ、黙っていて悪かった。ケイジョウが最初に使ったと言っていた『偽りの人形師(リアライズ)』……恐らくその力で本物になった、エリスの身体だ」


「……なんで……どうして……」


 誠司は何回も瞬きをし、目の前の肉体を見つめる。何度見ても同じだ。その身体はまるで時が止まったかのように、そこに存在していた。


 ハウメアは目をつむり、誠司の背に向けて声をかける。


「……セイジ、説明するよ、聞いてくれ——」







 十年ほど前のある日の晩、ハウメアが自室で眠りについていた時のことだった。


 何者かの気配を感じたハウメアは、目を開いた。


「……誰かな?」


 この部屋は城の最上階に近い部屋だ。なので氷人族のハーフであるハウメアは、真冬ではあるが窓を開けたまま眠りについていた。


 そして夜風の吹き込む部屋の中、その窓の前には——人を抱えている不気味な人物が立っていた。


「……ヒィッ、お化け!?」


『……静かにしてもらおうか、ハウメア。君に内密のお願いがあって、今日はやってきた』


「……おね……がい?」


 その人物は、布でぐるぐる巻きに包まれたような不気味な格好をしていた。そして、その腕に抱えられている人物、その服装には見覚えがある。まさか——。


 その布巻きの人物は、腕に抱えている人物の白いフードを外した。ハウメアの息が止まる。彼女は——。


「……エリ——」


『シィーーッ』


 布巻きの人物は、ハウメアの方に顔を向けたままエリスの身体を椅子に座らせる。


 ハウメアが恐る恐る近づきエリスを覗き込むと——彼女の身体からはまったくの生気が感じられなかった。まるで、抜け殻のように。


 声を潜めてハウメアは尋ねる。


「……これはいったい、どういうことだい? それに、あなたはいったい……」


『まず、私についての詮索は一切しないでもらおうか。そしてこれは、間違いなく君の知るエリスの肉体だ。仮死状態みたいなものだけどね』


「……仮死……状態……?」


 ハウメアの背中がぞくりとする。彼女は状況がまったく理解できないながらも、布巻きの人物の言葉を理解しようと必死に努める。


『そうだ、仮死状態だ。ただこのままでは、彼女の身体は腐っていずれ魔素へと還っていってしまうだろうね』


「……そんな!」


 可愛い後輩だったエリス。十年近く前の戦いで命を落としたエリス。それが身体だけとはいえ、目の前にあることが信じられない。ハウメアは震えながら尋ねた。


「……それで、わたしにどうしろと……?」


『察しがよくて助かる。今、エリスの『魂』は誠司の元にある。もし彼の力があれば、復活も夢ではないだろうね』


「……じゃあ、急いで——」


 ハウメアの顔の前に人差し指を突き出し、布巻きの人物は言葉を遮る。そしてその指を、左右に振った。


『誠司に知らせるのはダメだ。もちろん、その他、必要最低限の協力者以外にも。君には然るべき時まで、内密にこの身体を預かっていて欲しい』


「……なんで……」


『なんでもだ。余計なことを考えるな。もし勝手なことをすれば、この身体は二度と元に戻らないと知れ』


 唇を噛むハウメア。この人物の言葉の真偽はわからないが、おとなしく従うしか選択肢はなさそうだった。


「……でも、どうすれば……」


『君の種族は使えるんだろう?『凍てつく時の結界魔法』を』


「…………!!」


 そうだ。彼女の種族、氷人族に伝わる魔法、『凍てつく時の結界魔法』。それを使えば、この身体を腐らせずに保持し続けることが可能かもしれない。


 ハウメアは唾を飲み込み、布巻きの人物に問いかける。


「……わかったよ。でも、いつまで——」


『余計なことは考えるなと言ったはずだ、ハウメア。私がいいと言うまでだ。では、よろしく頼む』


「……ちょ……」


 布巻きの人物はハウメアの制止を聞かず、窓から飛び降りていった。ハウメアは急いで窓の外を見たが——


 ——その人物は、真っ暗な夜の闇に溶け込んで消えていった。






「——そしてわたしは秘密裏にエリスの身体をここに運び込み、氷人族の皆の協力のもと、エリスの身体をここで保持し続けたのさ。『凍てつく時の結界魔法』を使ってね」


 この場にいる者はハウメアの語る衝撃的な話に聞き入っていた。恐らく布巻きの人物とは、彗丈の操る人形なのだろう。


 皆が思考を整理する中、グリムはエリスの肉体の方を見ながらハウメアに尋ねた。


「教えてくれ、ハウメア。十年ほど前と言っていたね。『凍てつく時の結界魔法』とは、そんなに効果が続く魔法なのか?」


「……いや。完璧に結界を構築しても一日も持たない。だからわたし達は、半日に一回、結界を張り直していたのさ」


 半日に一回。それを十年。誠司は立ち上がり、ハウメアと長老に頭を下げた。


「……すまない……ありがとう、すまない……エリスの身体のため、大変な苦労を君たちに……」


「……気にしないで、セイジ。わたしが真相に早くたどり着いていれば、もっと早くあなたとエリスにこの身体を返してあげられたんだ。責められこそすれ、感謝される筋合いはない」


「そうじゃのう。その身と引き換えに世界を救って下さったエリス様の御身じゃ。このくらいの頼み、容易いことじゃ」


 ハウメアと長老の言葉を受け、涙ぐむ誠司。その彼の肩に、ハウメアは優しく手を置いた。



「さあ、セイジ。ずいぶんと時間は経ってしまったけど、早く戻してやってくれ。エリスを、『彼女の在るべき姿』に」




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