戦いを終え 09 —『リアライズ』⓪—
論告を終えたグリム。背を向ける彼女を見ながら、彗丈は開きかけた口を閉じる。
「………………僕は…………」
反論ができない。昂った感情は地に落とされた。
やがて力なくうつむく彗丈を見て、ハウメアは静かにうなずいた。
「わかったよ、グリム。あなたの言う通りだ。結果はどうあれ、ケイジョウ・ツバキは各地に破滅の種をばら撒いた。その一点だけで十分だ。情状酌量の余地は一切ない。ブリクセンが責任を持って彼を処罰するよ」
「恐れ入る、ハウメア。よろしく頼む」
「……………………」
目の前のやり取りを、ただ黙って聞く彗丈。その彼に向かって、誠司が一歩前に出て彼を見つめた。
「……なあ、彗丈。頼むから、もうその力……『偽りの人形師』は使うな。特に、『最後の厄災』を復活させるようなことは絶対に考えないでくれ……」
彗丈はゆっくりと顔を上げる。すっかり疲れ果てた彼の顔は生気を失っており、一気に老けた印象を受ける。
彼は目を逸らし、力なくつぶやいた。
「……安心しろ、誠司。僕はそもそも、その『最後の厄災』というヤツは見ていない。それに——」
彗丈は目をつむり、自嘲するかのように笑った。
「——僕のこの力、『偽りの人形師』は、すでに『七回』、使い終えている」
「……!……どういうことだ、彗丈!!」
誠司が驚愕の声を上げる。彗丈は言っていた。『偽りの人形師』の使用制限は七回だと。
彼が復活させたルネディ、マルテディ、メルコレディ、ジョヴェディ、ヴェネルディ、サーバトで計六回。あと一回は——。
彗丈は目を開け、無言で一人の人物を真っ直ぐに見る。
その視線の先は——ハウメアだ。
彼の視線を受け何かを察したハウメアの顔色が、みるみると変わっていく。そして彼女は、震える声を絞り出した。
「……ケイジョウ……まさか……アレはあなただったのか……?」
ハウメアの質問に答えることなく、彗丈はふらふらと歩き出し、こちらに背を向けて椅子に腰掛けた。
そして、天井を眺めながら、うわごとのようにつぶやいた。
「……僕が最初に何を『本物』にしたと思う? 万年氷穴に行ってみろ、誠司、そしてエリスさん。僕のわがままに付き合ってもらった、ささやかなお詫びさ」
†
二台の馬車が行く。その行く先は、彗丈の言っていた『万年氷穴』だ。
「ねえねえ、誠司さん。彗丈さんの言っていたのってなんなのかな?」
「……さてね。ハウメアも教えてくれないしな」
二台の馬車の内のもう片方には、ハウメアと彼女の付き人、そしてメルコレディが乗っている。
彗丈の言っていたことについて誠司たちがハウメアに尋ねてみても、彼女は「行けばわかる」の一点張りだった。
そして二日後、馬車は万年氷穴へと着いた。
誠司はハウメアに再び尋ねる。
「なあ、そろそろ教えてくれてもいいだろう。ここに、何がある?」
「……すまないね、セイジ。ここまで来たら、自分の目で確かめてくれ」
彼女のにべもない返事に、首を傾げる一同。ハウメアに先導されるまま、彼らは万年氷穴内を進んでいく。
やがて——。
「リナ様!」
万年氷穴内に造られた街、イベルノの入り口では、氷竜のフィアとルー、そしてこの街の長老がハウメアたちを出迎えてくれたのだった。
「フィア! ルー!」
彼女たちの姿に気づいた莉奈は、二人の元へと駆け寄る。久しぶりの再会に手を取り合って喜ぶ三人。
ひとしきりの挨拶を交わしたあと、莉奈は一人欠けていることを不思議に思う。
「ねえ、サンカは?」
サンカ。氷竜三人娘の中で一番の莉奈信者——もとい、莉奈のファンだ。
(……サンカが一番、私の個人情報握ってるんだよねえ。早く見つけないと)
そのようにぱっつんボブの彼女を探す莉奈に向かって、フィアは口元を押さえて笑いながら言った。
「リナ様。サンカは今、人の子のお手伝いをしているみたいなの。あの娘、龍脈のあるところに行ったじゃない?」
「……えと、ああそうか。サンカはケルワン担当だったよね」
先の『魔女狩り』において、この氷竜娘たちの力は絶大だった。グリムの作戦を聞き、彼女たちは喜んで手を貸してくれたのだった。
「そうそう、確かそんな名前。あそこは捕らえた人の子の数が多いみたいで。それで手を貸してあげているみたい」
「へえ、あのサンカがねえ……」
思えば、彼女は氷竜娘の中で一番の跳ねっ返りだった。それがハウメアに『わからされて』からは、とても素直になった娘だ。
そんな会話をしているところに、グリムがやってきた。
「ふむ。ありがとう、サンカには助けられているよ」
「そっか。サンカ、見直しちゃうなあ」
「うん、あそこは捕虜が多いからね。定期的に竜の姿になってもらって、捕虜たちに変な考えを起こさせないようにしている。彼女も喜んでやってくれているよ」
「………………」
莉奈の笑顔が引きつる。まあ想像していたお手伝いとは違うが、ある意味適任といえば適任か。
その時、ルーが莉奈のマントをくいっと引っ張った。
「ん? どうしたの、ルー?」
振り向く莉奈。ルーは背伸びをして、莉奈に耳打ちをした。
(…………ねえ、ライラ、元気ないみたいだけど……)
見ると、ライラはエリスのそばでうつむいたままだ。最近はその光景が多い。莉奈も頑張って普通に振る舞ってはいるが、彼女はやはり莉奈を避けるようにしていた。
莉奈はしゃがみ、ルーに耳打ちをする。
(……そうなの。ねえ、ルー。ライラのそばにいてあげてくれる?)
(…………わかった)
ルーはうなずき、莉奈に親指を立ててライラの元へと向かっていった。
それを見た莉奈は、やれやれと息を吐いた。
「ほんと、あの娘、よく見てるよねえ」
「そうだね。加えて、ライラとルーは仲が良い。少しはライラの気が晴れてくれるといいのだが」
グリムの言葉に同意してうなずく莉奈。ライラとルーが話し始めたのを見て、莉奈は安心して街の方へと視線を向ける。
(……あれ?)
その視界に映ったのは、ハウメアと長老が話す姿だった。
確か、最初にこの街に来た時も同じ光景が——。
やがて話し終えたハウメアは、皆の元へとやってきた。
「待たせたね。じゃあ、行こうか」
†
ハウメアと長老の案内で氷穴内を進む誠司たち一行。この先に何があるのか——。
誠司は隣を歩く莉奈にこっそり尋ねる。
「……なあ、莉奈。君の『視界を飛ばす能力』で、何があるか見てくれないか」
「……ええっ。もう少しでわかるじゃん」
「……彗丈の残したものだ。警戒するに越したことはない」
誠司にそう言われ、莉奈は渋々視界を飛ばす。この道の先、道の先——。
「…………えっ?」
それを見た莉奈は、思わず声を上げてしまった。一瞬歩みを止める彼女に、誠司は問いかける。
「……何があった?」
「……そっか……」
莉奈は再び歩き始める。複雑な表情をその顔に乗せて。誠司は訝しげな表情を浮かべ、莉奈に再び問いかけた。
「……莉奈、何が……」
「……私からは言えない。行こっか、もうすぐだよ」
「…………?」
誠司の疑問を乗せ、一行は歩く。
そしてハウメアは、突き当たりに作られた部屋の前で振り返った。
「さあ、ついたよ、ここだ。この部屋に、ケイジョウが『本物』にしたものがある」
開かれる扉。小さな部屋の中。そこにあったものは——
「………………!!」
——誠司が息を呑み、信じられずに膝をつく。
そこには——十八年前に失われたはずの彼の妻、エリスの肉体が佇んでいたのだった。




