戦いを終え 08 —断罪—
「詭弁だって? 僕は真っ当なことしか言ってないつもりだけど?」
彗丈の顔から笑みが消える。そんな彼に、グリムは冷ややかな視線を浴びせかけた。
「まずは君の功績から述べさせてもらうよ、彗丈。キミには感謝しているからね」
「……感謝? ふふ、あはは、そうだろう、そうだろう。グリム、君なら分かるはずだ。僕のしたことが、どれだけ君達の役に立ったのかを!」
一転、彗丈は愉快そうに両手を広げた。グリムは目を伏せ、暗唱を始めるかのように言葉を並べ始めた。
「キミが行った『厄災』の復活。その結果、二十年ほど前に失われた彼女達の人生をキミは取り戻してくれた。しかも、理性の戻った状態でね」
「そうさ! 不幸にも失われた彼女達の時間を、僕は取り戻してあげたんだ! 感謝されこそすれ——」
すっかり上機嫌で捲し立てる彗丈の言葉を遮り、グリムは続けた。
「それに付随して、『火竜迎撃戦』、『魔女狩り』、このどちらも彼女達の協力がなければ、到底勝つことは不可能だっただろう」
「おっと。『魔女狩り』の時は僕が君に情報提供したことも忘れないでくれよ?」
「ああ、感謝している。さらにキミの行いは巡り巡ってエリスの記憶の復活までたどり着いた。この家族と共に過ごす者として、改めて感謝を述べさせてもらう。ありがとう、彗丈」
「ふふはははっ! やっぱり僕は、何も悪くない! そうだろう、グリム? 僕の功績に比べれば、『厄災』の復活なんて——」
「では次に、キミの行いについて整理していくとしよう」
グリムはバッサリと彗丈の言葉を切る。真顔になる彗丈。周囲はただ、二人のやり取りを眺める。
「まず、キミの動機だ。それは『厄災の造形美への執着』、『自作の人形に命を吹き込みたいという創造欲』であり、それが達成された瞬間に興味を失ったこと、そして、『誠司たちなら何とかしてくれるだろう』という極めて無責任な他者依存の思考に基づき行われた。間違いないね?」
「……現に、誠司は何とかしてくれただろう。僕にとって最高のヒーローだからね、彼は」
「『最高のヒーロー』? キミの作品に対する『評価者』や『処理係』ではなくてか?」
「それは……」
グリムの言葉に冷たさが混じる。口ごもる彗丈を見て、グリムは息を吐いた。
「次にキミが起こした行動の結果だ。誠司たち家族は『厄災』サーバト戦で全滅し、誠司とライラは幾たびもの死に戻りを経験した。なあ、誠司。キミは何回くらいやり直したんだい?」
話を振られた誠司は、静かに目をつむる。
「……数えてはいないが……数百回はやり直したと思う」
その横では父の言葉を肯定するようにライラも頷いた。彗丈は苦々しい顔で視線を下に落とす。
「……でも……今、こうして無事じゃないか……」
「いや、彼らが受けた精神的、肉体的苦痛は計り知れない。他に、ヴェネルディ戦で右腕を失うという大きな犠牲を払った事実も、私は重く受け止めている」
「右腕? それこそ無事だろう、僕のおかげで!」
「キミの倫理観で『義手』になったことを『無事』だと解釈するのならそう思うのかもしれないね。ただね、彗丈。世間一般では義手になることを、決して『無事』とは表現しない」
「………………」
反論できず、黙り込む彗丈。その様子を見たグリムは、次のフェーズへと移行する。
「それを踏まえてだ。キミの『芸術的探求心』や『創造欲』という動機は、その結果の重大性と比較して著しく釣り合いが取れていない。私はそう判断する。続けてリスク評価だ」
睨みつける彗丈の瞳を、グリムは真っ直ぐに受け止め。
そして彼女は——一気に捲し立てた。
「キミの能力は、使い方次第で容易に世界規模の危機を再発させうる極めて危険なものだ。キミ自身に罪の意識や他者への配慮が欠けている以上、その事実は揺るがない。そもそも先ほど言っていた、『君たちなら何とかしてくれる』という発想自体が、リスク管理の放棄に他ならない」
「『世界は滅ぼしたくない』と言いながら、世界を滅ぼしかねない厄災を復活させる行為が矛盾している。『君たちのそばで目覚めさせた』というのも結果的に全滅を引き起こしており、キミのコントロール能力の欠如、あるいは事態の楽観視を示している」
「『何の罪を犯した?』という問いは、キミの倫理観の欠如、あるいは意図的な責任逃れと判断する。これが『詭弁』ってやつだ。キミが与えた『損害』は物理的な破壊だけでなく、誠司たちの精神的苦痛、失われた時間、失われた身体機能など、多岐に渡る。メルコレディへの問いかけも被害者感情を逆撫でする、極めて不適切な論点のすり替えだ」
否定。元AIであるグリムは彗丈の言葉を全て記憶しており、その一つ一つに反論を重ねていく。
元々、破綻した論理を押し付けていた彗丈だ。何一つ反論できない彼は——言葉の切れ目を見て、声を荒げた。
「ああ、もう! 結局世界は無事だったんだからいいだろ!? 過ぎたことをグチグチ言うなよ!」
「ライラ」
グリムはライラに振り向き、彼女に尋ねた。
「——世界は本当に、無事だったのかい?」
その質問を受けたライラは、とても悲しそうな表情で答えた。
「……ううん。未来は……『厄災』サーバトに……」
ライラは妖精王アルフレードから聞いていた。あの『赤い世界』が、どうなっているのかを。
——『厄災』サーバトだよ。どうやら奴は『光の雨』を武器に各国を脅しているらしいじゃないか。小さい村とかを容赦なく焼き尽くしてね——
「——だ、そうだ。キミの行いはこの家族だけではなく、世界を滅ぼした」
「……知るかよ……他の世界の話なんて……」
「キミは知らなくても、その世界で生きる者たちは大変な思いをしているんだろうけどね」
苦しそうな顔でうつむく彗丈。やがて彼は、焦点の合わない瞳で、笑い始めた。
「……はは。知らない、僕は知らない。そんなのは結局、結果論じゃないか! もしかしたら誠司たちが無傷で乗り越えた世界もあったかもしれない! ああ、そうさ、この世界の君達はたまたま不幸なだけだったんだ!」
「そうか。キミは全部、結果論、だというんだね?」
彗丈は覇気の抜け落ちた顔でグリムを見る。グリムは肩をすくめ、無表情で告げた。
「だったら話は簡単だ。彗丈、一番最初に私が述べたキミの功績も、全部『結果論』だ。キミは別に、良いことは何一つしていない。全ては結果論なんだからね」
グリムは振り向き、この部屋全員に告げるように声を上げた。
「なら、彗丈の罪は一点。『二十年前に世界を滅ぼそうとした『厄災』を、その危険性を承知した上で故意に現代に復活させた』。結果は関係ない、彼自身がそう言っていたからね。だからハウメア——」
グリムは、面白くなさそうに口角を上げた。
「——彗丈の罪は確定的に重く、その能力は極めて危険であるため、厳重な処罰と能力の完全な管理・無力化が必須である。これが私の出した結論だ。この国の法に則って、厳重な処罰を希望する。以上だ」




