五秒の終わり 03 —運命を越えた先で—
「……エリス」
「……セイジ」
苦難を越え『厄災』サーバトを倒し、二十年近くの時を経て再会する二人。
誠司は娘の身体を借りているエリスを抱きしめた。
「……ずっと言いたかったんだ……すまなかった……私こそ、『約束』を守れなくて」
「……いいんだよ、セイジ。ごめんね、先に逝っちゃって」
二人はポツリ、ポツリと会話を交わす。
その様子を遠くから見つめる莉奈の元に、別の身体のグリムがやってきた。
「やあ。どうやら無事に勝てたようだね」
「……グリム。ねえ、あれ、エリスさんでいいんだよね……?」
「恐らくは。詳しくは聞いてみないと分からないが、誠司も……そしてライラも、『死に戻り』を経験したんだろうね」
「……そう、なんだ……」
莉奈にとっては突然の出来事。『厄災』サーバトが現れたと思ったらライラが障壁で攻撃を防ぎ、かと思えば全てを理解した様子でエリスにバトンタッチした。
目の前で一部始終を見ていたが、それでも全く理解できない。
でも——。
「……これで良かったんだよね、グリム」
「うん。二人の……いや、三人の様子を見る分にはね」
莉奈は眺める。エリスを抱きしめ、涙を流しながら会話を交わす誠司の横顔を。
(……幸せそうだなあ、誠司さん)
この世界で莉奈のことを拾い、多くのことを教えてくれ、家族にまで迎え入れてくれた誠司。
そんな彼の微笑みを見て、莉奈もまた目端に涙を浮かべるのだった。
†
やがて、誠司の手を引っ張ってエリスがやってくる。
「リナ、グリム、ありがと!」
「……エリスさん。私は……何も……」
「もう、リナ。お母さんって呼んでって言ったじゃん。あなたはもう、うちの子なんだから」
その言葉に、莉奈は元の世界の母親を思い出す。
——私を虐待したお母さん。私を置いていなくなったお母さん。
そっか、母親って、こんなに優しくて暖かいんだ——。
「……ありがとう、エリスさん。でもね、ライラより先にエリスさんのこと『お母さん』って呼んじゃったら、ライラ拗ねちゃうよ」
「ふふ、そうかもねえ。でもね——」
エリスは莉奈を優しく抱きしめた。
「——私はあなたを実の娘のように思ってる。だからいつでも『お母さん』って呼んでね?」
「……ありがとう、お……エリスさん……」
莉奈の瞳から涙がこぼれ落ちる。エリスは莉奈を抱きしめながら、グリムの方を向いた。
「あなたもだよ、グリム。それにカルデネも、レザリアも、みんなうちの子なんだから!」
「ふむ。それはありがたいな。戸籍が必要になったら、ありがたく使わせてもらうよ」
「もう、素直じゃないなあ!」
そう言ってエリスはグリムも抱きしめた。エリスは二人を抱きしめながら思う。
(……セイジ。あなたはああ言ってたけど、ちゃんと『約束』、守ってくれたよ)
——この家を、私たちの子供たちでいっぱいにするの。もしセイジがいなくなっちゃっても、私が寂しさを感じる暇がないくらいに——
しばらくして。エリスは二人を解放し、誠司に向き直った。
「さて。じゃあセイジ、そろそろ戻して。早くしないと私の『魂』が、ライラの『魂』と混ざり合っちゃう」
「……エリス」
——そう、エリスは戻らなくてはならない。元の人形の身体へと——。
目を伏せ、苦しそうな表情でうなずく誠司。莉奈も、グリムも、その顔に沈痛な表情を浮かべた。
誠司は苦しそうに漏らす。
「……エリス。短い間だったが、君と話せて良かった。いや、もしかしたら或いは——」
エリスは背伸びをし、誠司の唇に人差し指を当てた。
「だーめ。別れる時は笑顔で! あなた、私が思ってた以上に寂しがりやなんだもん」
「……はは。そうだな」
誠司は優しく微笑む。そしてエリスの——ライラの身体に手を伸ばした。
「では、エリス。受け入れてくれ。君の『魂』を……移動させる」
「うん。あ、そうそう——」
エリスは力を抜き、誠司の手を受け入れながら言った。
「——ヘザーの私も、愛してあげてね」
「ンッ! まったく君は、子供の前で……」
誠司の手がエリスの魂に触れる。最後に誠司は、彼女に告げた。
「またな」
「うん」
魂が抜き取られ、力が抜けるライラの身体。それを莉奈が支える。一瞬の光に包まれるライラ——。
そして誠司はエリスの魂を、ヘザーの身体に押し込んだ。
ヘザーの身体も一瞬の光に包まれる——。
やがて目を開けるライラ。ぼんやりとした目で、ライラは父親の方を見た。
「……上手くいったね、お父さん……」
「……ああ。頑張ったんだね、ライラ。あとで話を聞かせてくれ」
「……うん」
そう言葉を交わした二人は、ヘザー人形の方を見る。
そこには——澄ました顔で立っているヘザーの姿があった。
「……私は……どうしたのでしょう?」
首を傾げながら不思議そうな顔をするヘザー。
やはりか——誠司たちの顔に失望の色が浮かぶ。
あわよくば、エリスの記憶を保持して戻ることを期待したが——。
誠司は確認のため、彼女に問いかけた。
「……ヘザー。エリスの記憶は……ないのか?」
「……はい。そのような記憶は……」
「いや、嘘だな」
グリムはヘザーを見つめ、つぶやいた。驚く一同。
そんな中——ヘザーはペロリと舌を出した。
「もう、グリム。もうちょっと引っ張ってみんなを驚かせたかったのに、台無しじゃん!……でも、よくわかったね?」
「ああ。立ち方や首の傾げ方の癖、口元のわずかな緩み、以前のヘザーの時とは違う、どちらかというと『エリス』の癖が強かったからね」
「ふふ、よく見てるなあ」
二人の会話を聞き、一同は目を大きく開く。誠司とライラは声を絞り出した。
「……エリス……君は、記憶が?」
「……お母さん?」
「ふふ。別れたばっかりで少し恥ずかしいけど、そうだよ、あなた達のエリスだよ」
「エリス!」
「お母さん!」
………………。
親子三人が抱きしめ合い喜び合う。
莉奈は心から願っていた『在るべき家族の姿』を目にすることができて、優しく微笑みながらその光景を見つめ続けるのであった。
次話、第七部ラスト、エピローグです。




