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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第七部 第八章
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五秒の終わり 03 —運命を越えた先で—





「……エリス」



「……セイジ」



 苦難を越え『厄災』サーバトを倒し、二十年近くの時を経て再会する二人。


 誠司は娘の身体を借りているエリスを抱きしめた。


「……ずっと言いたかったんだ……すまなかった……私こそ、『約束』を守れなくて」


「……いいんだよ、セイジ。ごめんね、先に逝っちゃって」


 二人はポツリ、ポツリと会話を交わす。



 その様子を遠くから見つめる莉奈の元に、別の身体のグリムがやってきた。


「やあ。どうやら無事に勝てたようだね」


「……グリム。ねえ、あれ、エリスさんでいいんだよね……?」


「恐らくは。詳しくは聞いてみないと分からないが、誠司も……そしてライラも、『死に戻り』を経験したんだろうね」


「……そう、なんだ……」


 莉奈にとっては突然の出来事。『厄災』サーバトが現れたと思ったらライラが障壁で攻撃を防ぎ、かと思えば全てを理解した様子でエリスにバトンタッチした。


 目の前で一部始終を見ていたが、それでも全く理解できない。


 でも——。


「……これで良かったんだよね、グリム」


「うん。二人の……いや、三人の様子を見る分にはね」


 莉奈は眺める。エリスを抱きしめ、涙を流しながら会話を交わす誠司の横顔を。


(……幸せそうだなあ、誠司さん)


 この世界で莉奈のことを拾い、多くのことを教えてくれ、家族にまで迎え入れてくれた誠司。


 そんな彼の微笑みを見て、莉奈もまた目端に涙を浮かべるのだった。







 やがて、誠司の手を引っ張ってエリスがやってくる。


「リナ、グリム、ありがと!」


「……エリスさん。私は……何も……」


「もう、リナ。お母さんって呼んでって言ったじゃん。あなたはもう、うちの子なんだから」


 その言葉に、莉奈は元の世界の母親を思い出す。



 ——私を虐待したお母さん。私を置いていなくなったお母さん。


 そっか、母親って、こんなに優しくて暖かいんだ——。



「……ありがとう、エリスさん。でもね、ライラより先にエリスさんのこと『お母さん』って呼んじゃったら、ライラ拗ねちゃうよ」


「ふふ、そうかもねえ。でもね——」


 エリスは莉奈を優しく抱きしめた。


「——私はあなたを実の娘のように思ってる。だからいつでも『お母さん』って呼んでね?」


「……ありがとう、お……エリスさん……」


 莉奈の瞳から涙がこぼれ落ちる。エリスは莉奈を抱きしめながら、グリムの方を向いた。


「あなたもだよ、グリム。それにカルデネも、レザリアも、みんなうちの子なんだから!」


「ふむ。それはありがたいな。戸籍が必要になったら、ありがたく使わせてもらうよ」


「もう、素直じゃないなあ!」


 そう言ってエリスはグリムも抱きしめた。エリスは二人を抱きしめながら思う。



(……セイジ。あなたはああ言ってたけど、ちゃんと『約束』、守ってくれたよ)



 ——この家を、私たちの子供たちでいっぱいにするの。もしセイジがいなくなっちゃっても、私が寂しさを感じる暇がないくらいに——




 しばらくして。エリスは二人を解放し、誠司に向き直った。


「さて。じゃあセイジ、そろそろ戻して。早くしないと私の『魂』が、ライラの『魂』と混ざり合っちゃう」


「……エリス」



 ——そう、エリスは戻らなくてはならない。元の人形の身体へと——。



 目を伏せ、苦しそうな表情でうなずく誠司。莉奈も、グリムも、その顔に沈痛な表情を浮かべた。


 誠司は苦しそうに漏らす。


「……エリス。短い間だったが、君と話せて良かった。いや、もしかしたら或いは——」


 エリスは背伸びをし、誠司の唇に人差し指を当てた。


「だーめ。別れる時は笑顔で! あなた、私が思ってた以上に寂しがりやなんだもん」


「……はは。そうだな」


 誠司は優しく微笑む。そしてエリスの——ライラの身体に手を伸ばした。


「では、エリス。受け入れてくれ。君の『魂』を……移動させる」


「うん。あ、そうそう——」


 エリスは力を抜き、誠司の手を受け入れながら言った。


「——ヘザーの私も、愛してあげてね」


「ンッ! まったく君は、子供の前で……」


 誠司の手がエリスの魂に触れる。最後に誠司は、彼女に告げた。



「またな」



「うん」



 魂が抜き取られ、力が抜けるライラの身体。それを莉奈が支える。一瞬の光に包まれるライラ——。


 そして誠司はエリスの魂を、ヘザーの身体に押し込んだ。


 ヘザーの身体も一瞬の光に包まれる——。



 やがて目を開けるライラ。ぼんやりとした目で、ライラは父親の方を見た。


「……上手くいったね、お父さん……」


「……ああ。頑張ったんだね、ライラ。あとで話を聞かせてくれ」


「……うん」


 そう言葉を交わした二人は、ヘザー人形の方を見る。



 そこには——澄ました顔で立っているヘザーの姿があった。



「……私は……どうしたのでしょう?」



 首を傾げながら不思議そうな顔をするヘザー。


 やはりか——誠司たちの顔に失望の色が浮かぶ。


 あわよくば、エリスの記憶を保持して戻ることを期待したが——。


 誠司は確認のため、彼女に問いかけた。


「……ヘザー。エリスの記憶は……ないのか?」


「……はい。そのような記憶は……」




「いや、嘘だな」




 グリムはヘザーを見つめ、つぶやいた。驚く一同。


 そんな中——ヘザーはペロリと舌を出した。


「もう、グリム。もうちょっと引っ張ってみんなを驚かせたかったのに、台無しじゃん!……でも、よくわかったね?」


「ああ。立ち方や首の傾げ方の癖、口元のわずかな緩み、以前のヘザーの時とは違う、どちらかというと『エリス』の癖が強かったからね」


「ふふ、よく見てるなあ」


 二人の会話を聞き、一同は目を大きく開く。誠司とライラは声を絞り出した。


「……エリス……君は、記憶が?」


「……お母さん?」


「ふふ。別れたばっかりで少し恥ずかしいけど、そうだよ、あなた達のエリスだよ」


「エリス!」


「お母さん!」




 ………………。




 親子三人が抱きしめ合い喜び合う。


 莉奈は心から願っていた『在るべき家族の姿』を目にすることができて、優しく微笑みながらその光景を見つめ続けるのであった。





次話、第七部ラスト、エピローグです。

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