五秒の始まり 03 —空色—
†
その日の夜。外に出てボンヤリと空を眺める私のところに、ジョヴお爺ちゃんがやってきた。
「どうした、ライラ。考えごとか」
「……ジョヴお爺ちゃん。うん、ちょっとね」
ジョヴお爺ちゃんは私の隣に座る。そして、同じように空を眺めながら私に話しかけた。
「のう、ライラ。お主、『嘘』をついとるじゃろ」
「…………なんでそう思うの?」
私は空を眺めながら、ジョヴお爺ちゃんに返す。お爺ちゃんは私の顔を横目で見ながら答えた。
「フン、ライラよ。目を見れば分かる。お主の目は、人を謀ろうとしている者の目だ」
「……さすがだね、ジョヴお爺ちゃん——」
見抜かれてるなあ。私は目を伏せた。
「——うん、そうなんだ。私が『あの魔法』を作ってもらったのは、世界を救うためじゃないんだ……ごめんね」
「……『嘘』をつけと教えたのはワシじゃからのう、気にするでない。なあ、お主は今……戦っておるのじゃろう?」
「……うん」
私たちは空を見上げる。全てを見透かしているかのようなジョヴお爺ちゃんの言葉。ごめんね、私はジョヴお爺ちゃんも裏切ることになる。
ふと、私は一つのことが気になり、ジョヴお爺ちゃんに尋ねた。
「……ねえ、そういえばリョウカさんってどうしてるのかな」
「フン、彼奴か——」
ジョヴお爺ちゃんは立ち上がり、私に背を向けた。
「——知らんよ。あの日以来、全く姿をみせんようになった。『厄災』サーバトが復活した日以来、な」
†
カルデネは魔法の最適化を、寝る間も惜しんで進めてくれた。
その間にジョヴお爺ちゃんは私に魔法の詠唱について色々と教えてくれた。そして時にはカルデネの研究も手伝っていた。
最初は怯えていたカルデネだったけど、すぐに慣れたみたいだ。当たり前だ、ジョヴお爺ちゃんは優しいんだから。
そして、一年も経った頃。ついに、理論上これ以上は削れないところまで最適化されたであろう『その魔法』は完成した。
「はい、ライラ。待たせちゃったね。もうこれ以上は削れないはずだよ」
「ありがとね、キャル。私、頑張って練習するから」
カルデネはこの一年で、私のしようとしていることに気がついている、そんな気がする。
帰宅のために神殿から出たところで、ジョヴお爺ちゃんに声を掛けられた。
「ライラよ。あとは任せておけ。ワシはもう、その魔法は覚えたからのう」
「……ごめんね、ジョヴお爺ちゃん」
「気にするでない。ライラよ、近道はない。あとはとにかく反復練習あるのみじゃ」
「うん、ありがとう……」
私はジョヴお爺ちゃんの目を見ることは出来ずに、神殿をあとにしたのだった。
†
それからの私は、魔力がなくなるまで魔法を唱え、気を失い、そして起きたら魔力回復薬を飲み干してまた限界まで魔法を唱える、その繰り返しの日々を送った。
(……もっとだ、もっと速く……)
アルフさんの作ってくれた魔法、カルデネが最適化してくれた魔法、そして、ジョヴお爺ちゃんに教えられた通りに練習している魔法——。
(……足りない……まだ、足りない……)
当たり前だけど、一朝一夕でどうにかなるものではない。私は焦りを感じながらも、ただ、着実に、『その魔法』を反復し続ける。
そんな私の様子を見守っているレザリアが、時折り心配そうに声をかけてくれるけど——
「……ライラ。あなた、日に日にやつれてますよ。少しは……」
「……ごめんね、レザリア。私は、大丈夫だから……」
——そう。私には時間が、残されていないのだ。
†
あの日から、五年近く経った。
意識が朦朧とする。何も考えられない時間が増えてきた。もう、タイムリミットが近いのかもしれない。
(……もう、行かなきゃ)
私は、『魔女の家』の裏手にある岩山を登る。
自分でもすっかりやつれてしまっているのが分かる。私は視界の定まらない目で空を眺めた。
その空は、赤々と染まっていた。これが以前リョウカさんの言っていた『赤い世界』なのか、それとも私の赤い瞳が映し出す光景なのかはわからないけど——。
私は大好きなリナの姿を思い出し、目をつむった。
(……ごめんね、リナ……私ね、本当はね、わかってたんだ……)
リナは絶望的な状況の中、お父さんの意思を汲み取り、何よりも私を守ることを優先しただけだ。そんなこと、本当はわかっていたのに。
でも——
——でも、あの時は、何かにあたらずにはいられなかった。
(……リナ……会って、謝りたいなあ……)
そう思うけど、いまさらだ。私はリナに、取り返しのつかない言葉をぶつけてしまったのだから——。
私は力ない笑みを浮かべ、目を開き、杖をつきながらふらふらと岩山を登り始めた。
そして私は、目的の場所にたどり着いた。
そこは、あの日、リナと一緒に来た場所。
『魔女の家』の裏手の山の中腹にある、せり出した崖。
結界を張るために訪れ、二人で一緒に景色を眺めた思い出の場所——。
私は柵を乗り越え、崖ぎわに立つ。
そして私は。
「——『全ての魔法を解除』」
自らにかかっている全ての魔法を解除した。これで確実に、死ねるはずだ。
当時は不思議に思っていたけど、今から思えば当たり前のことがある。
ヴェネルディと戦った時は、実力を示した途端、相手の『魂』を恐怖させることができた。
魔法国の城に突入した時も、リナの『魂』の場所がわかった。
そうなんだ。私とお父さんの『魂』は、私が産まれる前からずっと混ざり合ってたんだ。
だったら、お父さんの『魂』に関係するスキルの影響を私が受けていたとしても、別に不思議じゃない。
私は赤い空を見上げ、つぶやいた。
「……お父さん、お母さん。今、そっちにいくからね」
——そう。お父さんの『百折不撓』の鎖は、まだ私の『魂』に巻き付いている。
あの日から私の『魂』は、あの時間に置きっぱなしのままだ——。
私は杖を地面に刺し、静かに指を組む。
(……ごめんね、みんな。私はこの世界なんてどうなったっていい。お父さんとお母さんを助けることが出来れば、それでいいんだ)
この世界に残していくみんなに、心の中で謝罪をして——
——私は、崖から身を投げた。
†
意識が鎖に絡めとられ、引きずられていく。とても長い時間、長い時間——。
もし、あの世界でもう少し時間が経っていたら、私の身体は抜け殻のようになっていただろう。
大丈夫、やるべきことは頭の中で何百回、何千回、何万回と繰り返してきた。あとはその通りにやるだけだ。
やがて私の耳に、忘れられない、待ち望んだ声が聞こえてきた。
「——リナぁ、飛べえっ!!」
——少女は空色に輝くその瞳を、開いた——。
引き続き第八章です。




