五秒の始まり 02 —裏切る決意は赤く燃え—
この家の地下にある書庫。
光線の破壊の痕跡がある書庫。
私はカルデネに勧められるがままに、一冊の本を読んだ。
それは、長い長い物語。
お父さんとお母さんの物語。
やがて、最後の一文を読み終えた私は——カルデネの胸に飛び込み、泣きじゃくった。
「……キャル……キャル……!」
「……ごめんね、ライラ。家族でもない私が、勝手にこんなことしちゃって」
違う。カルデネはもう、私たちの家族だ。私はカルデネの胸で首を横に振り続ける。
カルデネは優しく私の頭を、ずっと、ずっと撫で続けてくれた。やがて落ち着いてきた私は、グシっと涙を袖で拭った。
「……ありがと、キャル。お父さんも……お母さんも……こんなに、いっぱい……私のことを……」
「……うん、そうだよ。セイジ様も、そしてエリス様も、とってもライラのことを愛してたんだよ」
そう言って、カルデネは私の肩に手を置いた。
「だからね、ライラ。今のあなたの姿を見たら、お父さんとお母さんはすごく悲しくなっちゃうと思うの。だから——」
私は肩に置かれた手を、強く包み込んだ。少し驚いた顔をしているカルデネに、私は真っ直ぐに伝えた。
「——キャル、お願いがあるの。そして力を貸して欲しい。私を妖精王様のところへ、連れて行って」
†
「——それにしても良かったです、ライラ。あなたが前を向いてくれて」
「心配かけてごめんね、レザリア。私はもう、大丈夫だから」
私はレザリアに嘘をつく。大丈夫ではない。これから私は、みんなを裏切ることになるのだから——。
妖精王様の住む場所へと向かう私とカルデネ、そしてレザリア。
これから私がやろうとしていることに、妖精王様とカルデネの協力は絶対に必要だ。
そして翌日、私たちは妖精王様の住む神殿へとたどり着いた。
レザリアが扉に向かって声をあげる。
「妖精王様、おいでですか。レザリアです。『月の集落』のレザリア=エルシュラントが参りました」
やがて中から「入ってきてくれ」と声が聞こえてきた。レザリアが扉を開ける。
そこには、妖精王様らしき人と——
「……フン。誰かと思えば、ライラよ、久しいのう。随分とやつれているが、どうじゃ、元気にしとったかのう?」
——かつて『厄災』ジョヴェディとしてこの地に脅威を振り撒いた人、ジョヴお爺ちゃんがそこにいたのだった。
「……ジョヴお爺ちゃん」
私を守るようにレザリアとカルデネが立ちはだかる。私は二人の腕をつかんで下げ、ゆっくりと前に出た。
「どうしたの、ジョヴお爺ちゃん。こんなところで」
「リョウカと約束しとったからのう。先の戦、協力すればこの場所を教えてやると」
ジョヴお爺ちゃんは腕を組みながら、もう一人いる男の人の方を見る。私たちがジョヴお爺ちゃんと戦った時にいた妖精王様だ。
その人——アルフさんはため息をついて、私たちに話しかけた。
「で、今日はどうしたんだい。世界は大変なことになっているみたいだけど」
「世界が……?」
目を伏せ語るアルフさんに、レザリアが尋ね返した。それを聞いたアルフさんは、再び深い息を吐く。
「『厄災』サーバトだよ。どうやら奴は『光の雨』を武器に各国を脅しているらしいじゃないか。小さい村とかを容赦なく焼き尽くしてね」
——『厄災』サーバト、お父さんとお母さんの仇——
その名前を聞いた私の視界が、一段と赤く染まる。
私は拳を握りしめ、アルフさんにお願いをした。
「妖精王様、今日はお願いがあって来ました」
「……君はエリスの娘だね。なんだい、言ってごらん」
私は赤く染まる瞳で、アルフさんを真っ直ぐに見た。
「——私に魔法を、作ってください」
†
「——さあ、出来たよ。受け取ってくれ」
私は作ってもらった紙束に目を通していく。それを横から覗き込むジョヴお爺ちゃんは、鼻を鳴らした。
「なんじゃいアルフレード。ワシには作ってくれんクセに」
「……いや、ジョヴェディ。君のリクエストは僕の倫理観に抵触するものばっかりじゃないか……」
そのやり取りを横目に、私はカルデネに紙束を渡した。
「ねえ、キャル。この魔法の最適化、お願いしてもいいかな?」
「……最適化? うん、ちょっと見せて——」
カルデネは紙束を読み込んでいく。その間、私はアルフさんにお礼を言った。
「ありがとうございます、妖精王様。それで、しばらくの間この場所を借りてもいいですか?」
「……理由は?」
アルフさんは私を見据える。私はジョヴお爺ちゃんに向かって頭を下げた。
「ジョヴお爺ちゃん、お願いがあるの。私に『魔法の詠唱』のコツを教えて」
ジョヴお爺ちゃんは私の目を覗き込む。そして、しばらくして——。
「……フン。確か『今度いっぱい教える』と約束しとったのう。アルフレード、しばらく場所を借りるぞ」
「……ありがとう、ジョヴお爺ちゃん」
「……いや、僕の意思は……別に構わないけど……」
そのようなやり取りをしている時だった。紙束を読み込んでいたカルデネが顔を上げた。
「うん、ライラ。この魔法、やっていることはシンプルだから、かなり最適化できると思うよ」
「ありがと。じゃあお願いするね。ねえ、妖精王様。キャルも一緒にいい?」
私の言葉を聞いたアルフさんは、肩をすくめて苦笑した。
「……まあ、『その魔法』で世界を救ってくれるのなら構わないさ。ここは好きに使ってくれ」
「ありがとうございます、アルフさん」
私はどこまでも嘘をつく。私に世界は、救えない。
こうしてひと通りの区切りがついたところで、レザリアが私の方を心配そうに見た。
「……あの、ライラ。私に何かお手伝いできることは……」
「……うん、レザリアは家に戻ってて。もしリナが戻ってきた時に、誰もいないのは寂しいと思うから……」
「……そうですね。私は先に戻ります。ライラ、あなたもちゃんと、帰ってくるんですよ?」
「心配しないで。ここでやることが終わったら、ちゃんと家に戻るから——」
こうして私は、この神殿でしばらく過ごすことになる。
全ては、世界を裏切るため。
私は秘めた決意を、赤く、赤く燃え上がらせるのだった——。




