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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第七部 第七章
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五秒の始まり 01 —赤い世界のライラ—






 あれは、ヘクトールをお父さんが倒したあとのことだ。


 リナと、『家に帰って温泉入ろうねー』なんて話をした記憶がある。



 リナの矢筒にぶら下げてある人形から声がする。ケイジョーさんって人だ。


 みんなが緊張している様子が伝わってくる。


 そして——不気味な足音と共に、その人はやってきた。


(……えっ、もしかして……『厄災』サーバトって人?)


 私の身体も緊張する。


 そんな中、お父さんの声が聞こえてきた。



「『百折不撓アンカー』」



 ——その言葉をきっかけに、私は何かに囚われた気がした。





 顔を上げたサーバトは、私の方を見た。


 その人はゆっくりと手を上げ、私に指を向けた。


(……えっ?)


 私が驚いた様子でそれを見ていると、リナが私のことを庇うように立ちはだかった。


 お父さんの声が聞こえる。



「——リナ、飛べえっ!」



 リナが私を抱きしめる。周りのみんなが動き出す音が聞こえてくる。



 そして——



(……あっ……)



 ——私の胸に、熱い痛みが走った。



 直後、私の意識は、何かに引きずられていった。








「——リナ、飛べえっ!」


 私が意識を取り戻すと、お父さんの声が再び聞こえてきた。


(……? どういうこと? 私は……)


 先ほどと同じ光景。サーバトの指が私に向けられる。それを見つめる私。


 この後は——。


 リナが私を庇う動きをみせる。お父さんがサーバトに駆けていく。あれ? 確かさっきは——。



 ——私の胸に、熱い痛みが広がった。








「——リナ、飛べ、飛ぶんだあっ!」



 お父さんの声だ。だけど、さっきと喋り方が違う。


 サーバトの指が私を狙う。


 嫌でも思い出す、繰り返す痛み。嫌だ、嫌だよ、助けて、お父さん、リナ——。


 今度のお父さんは、私とサーバトの間に割り込むように立ち塞がった。お父さんの背中が見える。



 けど——再び胸に広がる、熱い痛み。



(……そっか。私は、死に続けてるんだ……)



 薄れゆく意識は、再び鎖に絡め取られ、引きずられていった——。








 あれから、何度繰り返しただろう。


 リナは私を抱え飛んで逃げようともした。


 でも、それでも私の胸に熱い痛みが広がっていく。


 そしてその内、変化は訪れなくなった。


 私は虚ろな目で、逃がれられない死を受け入れ続けるしかなかった。



(……お父さん……もう、やめて……)



 お父さんは毎回貫かれていた。直後、私の胸に広がる熱い痛み。



 どれだけの回数繰り返したのだろう。永劫とも思える、長い長い拷問。



 ——でも、その時は突然やってきた。




「——リナ、飛べ……『空間』を……飛び越えるんだぁっ!」




 初めて聞く言葉。痛みはやってこない。


(……終わった……の……?)


 私の思考が引き戻される。気がつくと私は——リナに抱えられ、外を飛んでいた。


 脳裏に蘇る、最後に見た光景。


 お父さんは確か、貫かれて——。



「……リナ! だめ、戻って! お父さんが……お父さんがあっ!」



 そうだ。お父さんはきっと、私を助けようとしていたんだ。何度も何度も、身体を貫かれながら——。


 でもリナは、私の言葉に耳を貸さずに真っ直ぐと飛び続けた。


 空間を飛び越え、私を強く抱きしめ、歯を食いしばって——。


「リナ、お願い! 戻って! お願い……戻ってよおっ!」


 私の視界は赤く染まっていた。私だったらきっと、お父さんの傷を治してあげられるのに。


 やがて光の雨が、降り始めた。ダメ、お父さんはきっとまだ生きてるんだから、早く戻らないと。


「リナあっ! リナああっっ!」


 涙を流しながら訴えかける私の言葉は、リナには届かなかった。







 私たちが家に帰り着いたのは、それから半月後のことだった。


 その間、リナとはあまり話さなかった。


 リナは足を悪くしていた。自分で回復薬をかけて治療していたみたいだけど——それでも、リナの右足の膝から下が、かなり抉れているのが分かった。



「……じゃあレザリアにお願いしたから、私、行ってくるね……」


「……………………」



 私はこんな時に、どんな言葉を言えばいいのかなんて知らなかった。


 家を出ていくリナを、私は無言で見送った。







 あれから一ヶ月。リナは戻ってきた。



「……ごめんね、ライラ。これしか見つかんなかったや……」


 そう言ってリナが取り出したのは、ひび割れた眼鏡に長い太刀。お父さんのものだ。


 認めたくなかった。もしかしたらリナが連れて帰ってきてくれるかもしれない、そう思ってた。


 でも、そうなんだ。お父さんは本当に、いなくなっちゃったんだ——。


「……ねえ、リナ……なんであの時、戻ってくれなかったの……?」


「……ライラ……」


 私の口から、リナを責める言葉が飛び出す。違うよね、リナは悪くないんでしょ? お願いだからそう言ってよ——。


「……ねえ、答えてよ! なんであの時、お父さんを見殺しにしたのっ!?」


「………………」


 私の瞳から、涙が溢れ出す。


 違うんだよね? リナは何も悪くないんだよね?


 お願いだから……お願いだから……。


 

 ——でもリナは、何も答えてはくれなかった。



 私はたまらず、近くにあったものを投げつけた。


「リナ、嫌い!」


 投げつけたものは力なくリナの身体に当たり、バサッと床に落ちた。


 リナはそれを拾い上げ、泣き出しそうな声で言った。


「…………ライラ……ごめん、ごめんねえ……」


 謝らないで。お願いだから謝らないでよ——。


「……もうリナの顔……見たくない」


「………………」


 私はうつむいて、お父さんのひび割れた眼鏡を眺める。ひどいことを言ってしまった。


 ——本当は、何もできなかった、私が悪いのに——。


 最後にリナは太刀を手に取り、私に声をかけた。


「……ごめんね、ライラ……これだけ、借りてくね……」


「……………………」


 リナは太刀を杖がわりにし、家を出ていった。嫌いだ。私は私のことが、嫌いだ。



 そしてその日を最後に、リナが家に帰ってくることはなかった。






「……お父さん」



 私はお父さんの眼鏡を眺め続ける。


 どのくらいそうしていただろうか。レザリアが私の世話を無理矢理してくれたけど、私はずっとお父さんの眼鏡を眺め続けるだけの日々を過ごしていた。



 そんなある日のことだ。カルデネが私の横に座った。


「ねえ、ライラ。少しお話、いいかな?」


「……キャル」


 できれば責めて欲しかった。お父さんがいなくなったのは、本当は私のせいなんだって。


 でも、カルデネは私にこう言った。



「ライラ。あなたのお父さんの物語をあなたに読んで欲しいの。そして、あなたに知って欲しい。セイジ様があなたのことを、どれだけ大切に思っていたのかを」




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