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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第七部 第六章
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『父』と『母』の物語・別れ 15 —ヘザー—





「……そうかい……大変だったんだね……」



 彗丈は、人形の調整をしながらポツリポツリと語る私の話を静かに聞いてくれた。


 やがて話を聞き終えた彼は、その等身大人形を椅子に座らせた。


「さあ、誠司。調整は終わった。この人形を使ってくれ」


「………………」


 長い髪が似合う、整った顔立ちの人形。ともすれば本物の人間かと錯覚してしまうほどの出来栄えだ。


 私は唾をのみ、結界石からエリスの『魂』を取り出す。そしてそれを、恐る恐る人形の中へと押し入れた。


 人形が淡く光る。一歩引き、見守る私。頼む、頼む——。



「……んー、ふう……」



 人形は動き出し、伸びの動作をした。この仕草、エリスだ。間違いなくエリスの癖だ。私は感極まって彼女の名を叫んだ。



「エリス!」



 その声にビクッとなる人形。そして彼女は——



 ——怯えた目で私のことを見て、口を開いた。




「……あなた……誰? えっ……待って、私は……?」








「——な? 僕の言った通りだろ?」



 ここは私が睡眠時に来る空間。椅子に倒れ込んだところまでは覚えているが、どうやらそのまま意識を失ってしまったらしい。


 私は管理者に顛末を話した。


 事前に、私のやろうとしていることを管理者に伝えた時、彼は言っていた。


 ——『その者の器でないと、自分が誰だか認識できないだろう』と。


「……ああ。君の言う通りだったよ。彼女は私のことはもちろん、自分が誰だかも分かっていなかった」


「そうなんだ。本来その為に、僕という存在はいる」



 ——彼の話はこうだ。


 本来『魂』は、そのものの器でないと自分を認識できないらしい。


 支配の杖の効力は、自身の肉体の喪失と引き換えに、自分の『魂』を相手に送ることだ。


 だが、『魂』だけ相手に送り込んだところで別物の器、そのままでは自己認識できない。


 では、どうするか。そのための彼だ。


 彼が元の持ち主の『魂』を封じ込め、肉体と『魂』の結びつきを『誤認』させる。


 そうすることにより、支配の杖で相手の肉体を乗っ取ることが出来るというのだ——。




「——だから、エリスがエリスとして蘇るためには偽りの身体ではなく、彼女自身の身体が必要なんだ。物はもちろん、人の身体を使った場合でも無理なんだ。一部の例外を除いてね」


「……例外とは?」


 私の疑問に、管理者は説明してくれた。だが——私はその話を聞き、深く息を吐いた。


「……無理だな。そんなの、出来っこない」


「だろうね。で、君はこれからどうするんだい?」


「……私は——」



 ——無理矢理意識を、覚醒させた。






「——おっ、起きたか。大丈夫かい、セイジ?」



 目を覚ますと、私はベッドの上に寝かせられていた。彗丈が運んでくれたのだろうか。彼は心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「……ああ、すまない、彗丈。どうやら疲れがたまっていたみたいだ」


「まあ無理もない。なあ、誠司、彼女が運んでくれたんだぜ」


 彗丈は傍らを指で示す。そこには、エリスの『魂』が入った人形がたたずんでいた。


「ねえ、だいじょうぶ?」


 首を傾げ、声を出す彼女。駄目だ、やめてくれ。


「……誠司。彼女にはひと通り君たちの背景は説明しておいた。勝手なことをして悪いけど、彼女にはその権利があるからね」


「……ああ……いや……」


 彗丈の言葉に私はうつむく。人形の彼女が、一歩私の方に歩み寄った。


「ごめんね、覚えてなくて。あなた、セイジっていうんだね。そして私はエリス。うん、覚えたよ」


「……やめてくれっ!」


 私は思わず、大きな声を上げてしまった。



 ——分かっている、分かっているんだ。


 だが、記憶も肉体も失ってしまったエリス。それはもう、別物だ。エリスであって、エリスではない。


 返してくれ。あの日の、記憶も、思い出も——。



 倫理的な罪まで犯し、感情に任せて動いた結果がこれだ。


 私はうつむきながら、彼女に漏らす。


「……すまない。君は私の犠牲者なんだ。本来、天に還るところを無理矢理繋ぎとめてしまって……」


「……セイジ。気にしないで、私はだいじょぶだから」


 私は顔を上げる。まるでエリスだ。けど、今の私にはそれがたまらなく辛かった。


「……お願いがある。その話し方はやめてくれ。エリスのことを……私の弱さを、常に思い出してしまうから」


「……わか……りました。あの、名前はどのようにいたしましょう?」


 口調が変わっただけでも、私の胸は少し楽になった。そうだ、彼女はエリスではない。彼女は、彼女は——。


 私は懐から、形見のブローチを取り出した。



「——君の名前は『ヘザー』。ヘザーを名乗ってくれ。今日から君は、ヘザーとして生きるんだ」






 エリスの偽りの名、ヘザー。それを与えるだなんて、どうかしている。


 口ではああ言っても、やはり私には未練があるのだろう。私は自嘲しながら彗丈に礼を言った。


「……すまなかったな、彗丈。見ての通り私は弱い、最低な男なんだ」


「……そんなこと言うな、誠司。君のおかげで多くの人が救われたんだ。そこは誇りに思ってくれ」


「はん。家族一人も守れないような男がか? 私はね、世界なんでどうでもいい、エリスだけが生きていてくれればよかったと、本気で思っているよ」


「………………」


 沈痛な面持ちで私を見る彗丈。遠慮せずに罵ってくれ。私は、最低な人間なのだから。


 彗丈は私を真っ直ぐに見て、口を開いた。


「誠司。あとで同じ型式の予備用の人形を送る。念の為、受け取ってくれ。そして君が望むなら、エリスさんの姿は僕の記憶にある。彼女の姿をした人形を再現——」


「やめてくれ、彗丈。私はそれを、望んでいない」


 私は彗丈の言葉を遮る。そして荷物を肩にかけた。


「……すまない。予備の人形だけよろしく頼む。いつか、また来るよ」


「……誠司、これからどうするんだい?」


 彗丈の問いに、私は振り返ることなく答えた。



「——もはや私の人生は、娘のためだけのものになった。ついて来てくれ、ヘザー。君には手伝ってもらいたいことがある」





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